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高松高等裁判所 昭和28年(ネ)35号 判決

控訴人(原告) 高石準一

被控訴人(被告) 高松国税局長

補助参加人 三島工業株式会社 外一名

主文

一、原判決を取消す。

二、被控訴人が控訴人に対し、昭和二十五年十二月二十五日別紙目録記載の物件につき執行した公売処分に関し同二十六年六月二日附で為した審査請求棄却決定は之を取消す。

三、伊予三島税務署長が同二十五年十二月二十五日執行した前示目録物件に対する公売処分は之を取消す。

四、訴訟費用中第一審及第二審における控訴人と被控訴人との間に生じた分は共に被控訴人の負担とし、第二審における控訴人と補助参加人両名間に生じた分は夫々補助参加人の負担とする。

事実

控訴代理人は第一項乃至第三項同旨及訴訟費用は第一審第二審共被控訴人の負担とするとの判決を求め、当審において請求を拡張して予備的に原判決を取消す前示公売処分の無効を確認する訴訟費用は第一審第二審共被控訴人の負担とするとの判決を求め、被控訴代理人は第一位の請求に対し本案前の答弁として原判決を取消す、控訴人の本件訴は何れも之を却下する。訴訟費用は第一審第二審共控訴人の負担とするとの判決を、本案の答弁として本件控訴を棄却する、控訴費用は控訴人の負担とするとの判決を求め、予備的請求に対し本案前の答弁として控訴人の本件訴を却下するとの判決を、本案の答弁として控訴人の本訴請求を棄却するとの判決を求めた。

控訴代理人の事実上の陳述は左の通りである。

第一、本件審査請求棄却決定取消の請求及本件公売処分取消の請求

一、請求原因

控訴人は三島化学工業所の名称の下にターフエルトの製造販売を業としていたものなるところ、昭和二十三、四、五年度の物品税、所得税、取引高税等合計金七十万七千余円を滞納したため、昭和二十五年十二月二十五日伊予三島税務署長(以下単に三島税務署長と称す)より別紙目録記載の物件を公売処分に付せられ、被控訴人補助参加人三島工業株式会社(以下単に参加会社と略称する当時の商号株式会社三島建材工業所)が金百七十九万円で落札するに至つたが、右処分には次項二に述べるような違法の瑕疵があるので、控訴人は法定期間内なる同二十六年一月二十三日右税務署長に対し再調査の請求をした(異議申立書として提出)。処がその宛先を誤り被控訴人宛としたので被控訴人としては直に之を控訴人に返送すべきが相当であるのに、これを遷延したため控訴人は遂に期間を失し同年二月一日更めて同税務署長に対し再調査の請求をした。之に対し同税務署長は右請求を期間経過による不適法なものとして却下したので控訴人は更に被控訴人に対し適法期間内なる同年三月四日審査請求をしたところ同年六月二日附で之れが棄却の決定がなされ同月四日該決定の送達を受けた。しかし右再調査請求が法定期間を経過してなされたのは前記のように被控訴人の責に因るものである。従つて又被控訴人としても之を宥恕して審査請求を受理して本案につき判断している。然るに本件公売処分には次の如き取消すべき瑕疵があるにも拘らず被控訴人は該処分は適法であるとの理由で控訴人のなした審査請求を棄却する旨決定した。従つて該棄却決定は違法である。よつて右決定の取消並前示公売処分の取消を求めるため本訴請求に及ぶ。

二、本件公売処分には次の如き取消の瑕疵がある。

滞納処分は滞納者の財産につき差押処分を為し之を公売する旨の公告をなした上、之を公売処分に付しその公売金を以て滞納税金の徴収に充てる制度であつて、差押、公売の公正を期し以て徴税の目的を達すると同時に、滞納者の財産権上の利益を擁護することを要請せられている。然るに本件公売処分は次に述べる通り不正不法の方法により右要請を無視して執行された違法な処分である。

(一)  差押の違法

(1) 本件公売処分の目的となつた別紙目録記載の物件は、控訴人経営のターフエルト製造工場を組成せる宅地四筆、建物九棟及其の附属物件たる機械器具等を含むものであつて、該工場物件に付いては昭和二十三年七月八日補助参加人株式会社伊予銀行(以下単に参加銀行と称する)三島支店より金百三十万円(公売当時の元利金百五十余万円)の債務のため工場抵当法第二条による抵当権設定契約を締結し、その旨の登記を経由し、同工場備付の機械器具については同法第三条による工場抵当物件目録を提出している。従つて本件公売物件は同法第七条に依り一個の財団となり一個の不動産と看做される(同法第十四条)抑々工場抵当法の目的は専ら経済上金融上の見地から工場を組成せる土地又は建物並にこれに備付けられたる機械器具其の他工場の用に供したる物件を箇々独立せる物件と見ずして一個の財団と看做して経済的価値を増加せしめ、他方之を以て金融の便に供し、もつて工場を社会の福祉に供することを目的としている。而して強制執行手続の一種たる滞納処分手続の目的は前記の通りであるからその差押は不動産については登記により土地建物の所在地、地目、坪数は一目瞭然となつているから登記によつて差押を執行しても毫も差支ないが、動産は移動性に富み、毀損、滅失、変更するを以て現実に之を差押えなくてはならない。動産が第三者に譲渡せられたときは工場抵当法第五条第二項の適用を受けて動産所有権を喪失し、差押公売はその目的を達することを得なくなる。従つて動産の差押は収税官吏が動産を占有し、或は差押動産に対して封印其の他の方法を以て差押を明白にして始めてその効力を生ずるものである。而して工場抵当物件は実質的には不動産(土地建物)と動産(機械器具等)との組成物であるから、工場抵当物件の中不動産に対する差押は不動産差押手続により動産に対する差押は動産差押の手続によらなければならない。本件公売物件は工場抵当物件であるから前記差押手続によらなくてはならない。即ち本件宅地四筆及建物九棟については差押登記が、或は差押調書謄本の送達によつて差押の効力が発生し、本件機械器具等については収税官吏が之を占有し或は封印其の他の方法によつて差押を明かにした時に差押の効力が発生する。従つて動産の差押については差押調書謄本を送達しただけではその差押は無効である。

又工場抵当法第七条第二項の趣旨は差押執行手続を同一手続によるべきことを規定したのではなく、分割登記を経ない限りは分割差押を禁ずる趣旨である。不動産差押手続と動産差押手続とを二分して差押を執行してもそれは決して分割差押ではなく差押は一個である。

本件についてこれを観るに、三島税務署長は本件公売物件中前記宅地四筆は昭和二十五年十二月十三日差押をなし、同月二十五日に公売する旨の公告を同月十四日にしたと称するけれども、現実に差押が執行されたのは同年十二月二十二日であるが、右差押につき収税官吏横山事務官は差押調書も作成せず、又調書謄本を立会人高石千鶴子に送達せず、同立会人は立会人たることを証する署名捺印もしていないから国税徴収法施行規則第十六条に違反し該差押は無効である。仮りに差押調書謄本の送達ありとするも、それは同年十二月二十日であり、又本件差押登記は同月十五日の嘱託に依り同月二十一日登記を経由した。随つて右差押の効力は右送達が登記の内その何れか早き期日に発生すると解するを相当とするから、右差押の効力発生の日は同年十二月二十日(然らずとするも同月十五日)である。随つてこの期日より以前においては未だ差押の効力は発生していない。

(2) 又三島税務署長は本件公売物件中、建物九棟は同上附属物件たる機械器具等と共に之を昭和二十四年十月十五日差押を為した。(而して同二十五年七月三十一日及同年十一月二十九日建物のみの公売を執行したけれども買受人がなかつた)と称するけれども該事実はない。右は参加銀行が差押のあつたと称する右日時の後たる同二十五年四月二十日に右物件を担保として手形割引根抵当権(順位第二番)を設定してその旨の登記を経由していることから見ても明かである。

更に奇怪な事は右建物九棟の差押登記につき甲第七号証の一(登記簿謄本)によれば「昭和二十五年十二月二十一日受付第三千七百二十五号同年同月十五日付差押に依り大蔵省の為国税滞納処分に関する差押を登記す」と記載せられたものを更にその登記受付の日付及番号を昭和二十四年十月二十四日受付第一、五八〇号と改ざんせられた形跡明瞭である。しかるに甲第七号証の二の他の一通の登記簿謄本には右改ざん後のものと同趣旨の記載表示がある。これを対比すれば前記甲第七号証の一の登記簿の記載表示は本件建物九棟に対する公売処分を適法なものに仮装せんがため、何人かによつて故意になされたものとしか考へられない。控訴人は右改ざん後の年月日付の差押通知を受けたこともなく、又差押執行に立会つたことも収税官吏が物件所在地に赴いたことも勿論ない。

仮りに前記の通り差押がなされたとするも、差押調書を作成せず、勿論差押調書謄本が送達せられた事実並登記を経由した事実がないから、該差押は効力を発生しない。本件建物九棟について差押がなされたのは同二十五年十二月二十一日である。(甲第七号証の一)。

尚本件機械器具等の動産につき差押ありとするも右物件は工場抵当法の目的物件であるから前記動産差押手続によるべきであるに拘らず之によらず、不動産差押手続によつているから、右動産差押も亦無効である。

仮りに又本件宅地四筆につき差押登記を経由していたとしても右動産については仮空の登記であるから該動産差押に関する限りは無効と謂うのほかはない。

(3) 本件差押は分割差押であるから全部無効である。

控訴人は元々前記建物九棟についての差押を否認しているのであるが次の事由によつて本件差押は無効である。昭和二十五年十二月十五日に前記宅地四筆のみが差押えられており(甲第八号証)又右宅地四筆及右建物九棟が工場抵当物件となつてその物件目録が登記所に提出せられて該目録は既に登記簿の一部となつている。(甲第六号証の二)しからば右宅地四筆のみの差押は分割差押である。

しかのみならず甲第六号証の二によれば同第六号証の一記載と同一物件(本件公売物件たる宅地四筆及建物九棟機械器具)のほか宇摩郡長津村大字津根字久保三、八九四番地宅地九十七坪外二筆の宅地及同番地家屋番号大字津根第二二七号木造瓦葺平屋建居宅建坪三十坪一棟外一棟の建物が共同担保物件となつている但し右建物二棟は工場抵当物件目録より除外せられているから、工場抵当物件は甲第六号証の二における目録記載の物件であつて、右目録は登記簿の一部となり、右物件は右の通り工場抵当物件となつて一個の財産を組織し一個の不動産と看做されている。しかるに三島税務署長は右工場抵当物件中宅地四筆のみを差押え之が登記を経由したのであるから分割差押であることは一点の争もなく、右は違法な処分である。

被控訴人は本件公売を適法有効なものとせんが為めに、右建物九棟(機械器具等を含む)につき昭和二十四年十月十五日に差押があつたものと称して右差押を援用せられているが、前記の通り本件公売物件が甲第六号証の二の示す通り昭和二十五年六月十二日(受付番号第一、二一五号)に共同担保物件として工場抵当物件となつているからには、仮りにそれ以前に差押が施行せられていたとしても、右の共同担保により工場抵当物件に変更が生じたのであるから、該差押は無効に帰している。そうでないとすれば、分割差押を認めることとなつて、工場抵当法第七条第二項違反となる。されば三島税務署長は更めて工場抵当物件全部に対して差押を為すべきであつたのである。三島税務署長が事ここに出でずして、以前の差押(昭和二十四年十月十五日付)ありたりと称する本件建物の差押を有効視して、之に加うるに宅地四筆の差押のみを為したのは、右税務署長が自認している前記第七条分割不許の規定を自ら破るに至ることを想はなかつたためであらう。而して法律上差押の援用を許さず又工場抵当法においては追加差押を許さないから、仮りに被控訴人側の主張する右差押を認めるとしても結局本件宅地及建物の差押は共に分割差押とならざるを得ない。

よつて本件差押は何れも上記第七条第二項に違反し無効である。

(4) 本件宅地四筆の差押は二重徴税のための差押であるから違法である。

仮りに本件建物九棟に対する昭和二十四年十月十五日の差押がなされたものとすれば、右は控訴人の滞納税金である昭和二十三、四年度所得税、取引高税及物品税其の合計金十六万七千八百八円五十銭を徴収するためにしたものであつて同年同月十九日其旨差押登記嘱託書を作成している。(甲第九号証)しかるに同税務署長は之に加へて控訴人の滞納税金として昭和二十三、四、五年度全期分の物品税、所得税、源泉徴収税、取引高税の合計金七十万七千余円を徴収するために、本件宅地四筆を昭和二十五年十二月十五日に差押をなし、同日其の旨差押登記嘱託書を作成している、(甲第八号証)してみれば右税務署長は昭和二十三、四年度の全期分の所得税、物品税、取引高税の合計金額を二重に徴収するため本件宅地四筆を差押へたことになる。

右税務署長が右宅地を差押へんと欲すれば、昭和二十五年度分の物品税、取引高税及源泉徴収税に限定せらるべきであり、而も前記建物九棟の公売によつて徴税の実を挙げうるならば、之を分割登記して差押へ、之を公売すべきであつて、宅地四筆を差押へるべきではない。右税務署長が上記の通り二重徴税のために右宅地を差押へたことは徴税が違法である上に、差押も亦違法である。

(二)  公告の違法

三島税務署長は本件公売のため別紙目録記載の物件につき同目録記載通りの表示を以て該物件を昭和二十五年十二月二十五日公売処分に付する旨の公告を同年十二月十四日右税務署庁舎前に掲示によつて之を為し次で同月二十三日及二十四日の二回に亘り愛媛新聞に右公売公告を掲載した。然れ共該公告は次の理由によつて、違法である。

(1) 本件公告における公売物件の表示には甲第六号証の一、二に記載せる前顕建物九棟及機械器具等が記載表示されている。右物件は前記(一)、(2)において述べた通り差押はなされていないものであるからこの点に於いて該公告は当然無効である。

(2) 仮りに本件公告表示の物件は何れも差押されたものであるとするも(尤も前示宅地四筆についての差押は争はない)何れも前示(一)において述べた通りその差押の効力を発生していないものであるから該公告は当然無効である。

(3) 本件公売物件が一個の財団を組成し、一個の不動産と看做されているからには、分割差押分割公売を許さないことは工場抵当法の目的に鑑みて明かであり、同法第七条は公益規定と解すべきである。

本件公売において、三島税務署長のなした公告には前記表示の通り公売物件を表示し差押なき建物九棟の外工場抵当物件の一部である塗装機「ターフエルト機械一切」とのみ記載されている。即ち右は分割差押分割公売の公告であるから違法である。又公売物件は差押中は勿論公売終了後に至るまではその所有権は滞納者に属している以上はその所有権は保護さるべきであり公売による換価処分においても、所有者の利益は害されてはならない。

右の目的からして国税徴収法施行規則第十九条の規定が設けられているに拘らず、本件公告は同条に違反して、公売財産の数量、性質、其の他主要事項である一括公売の表示をしていない。又本件の場合においては公売物件の内機械器具等については七十余点の内塗装機のみを表示してその余の大部分の物件の表示を遺脱している。本件の如き場合には少くとも登記記載の物件目録程度に記載して之を公告すべきであつて、本件の如き表示による公告は控訴人の権利、利益擁護に欠くるところがあり前記法令に明かに違反している。

(4) (イ)本件公売物件たる別紙目録記載の物件は価格一千万円を下らないもので(本件訴訟法上顕れた鑑定の結果に従いその平均額をとるも金八百七十二万三千円)かかる高価な不動産等の公売に当つては国税徴収法施行規則第二十二条第三十一条但書の法意に照し当然新聞公告によることを相当とするもので、従来の実例においても例外なくこの種のものは新聞公告に拠つている。三島税務署長も一旦前記のように税務署前に掲示して公告したが、新聞公告に拠るを相当と認めて前記の通り新聞公告をしたのである。しからば同公告の日より法定の十日間を経過せずして、同月二十五日為した公売処分は違法たるを免れない又右は直接法令違反がないとするも公告制度の条理に照して違法である。

(ロ)又本件公売を新聞紙上に公告するや否やは三島税務署長の自由裁量権に属しているとしても一旦新聞公告をした以上は前記十二月十四日になした公告は新聞公告に移行している。そこで本件公告の有効無効は新聞公告の効力にかゝつている。右二回の公告を検するに十二月二十三日の分と二十四日の分は公売物件の表示が異つており、且最終新聞公告である二十四日の公告には公売物件の表示につき何等の訂正がなされていない。よつて買受人は何れをもつて公売物件であるかを確実に知るに由なく為に控訴人は自己の財産権を不当に侵害せられたのであり、加之前記新聞公告には公売代金納入期限が記載せられていない。されば右新聞公告は国税徴収法施行規則第十九条違反である。仍て何れの点からするも本件公告は当然無効である。

(5) 本件公売公告が税務署庁舎前に一枚の半紙を以て掲載された事のみによつて行はれた事実は、法条の形式には反しないとしても公告制度の趣旨に反し法条の精神に背反する違法の公告である。

(6) 以上何れも理由がないとするも、滞納処分手続においては、国税徴収法施行規則第三十一条但書第二十二条により差押公告の日から公売期日の間には少くとも十日の期間を置くことを要するのであり、(右十日の期間はその期間中に滞納者をして納税の最後的な機会を与へて不利益な公売処分を免れしめる為めに設けたものである)。且公告は差押がなされた後其の旨を公告すべきものである。然るに前記の如く本件公売物件たる前記宅地四筆の差押は昭和二十五年十二月二十日になされ、公売は同年十二月二十五日に実施されているから、右公告は違法である。

尚、公売手続にあつては、その過程において手続上に多少の欠缺があつても、その後の経過においてその欠缺が補正され且公告期間も遵守され、実質的に利害関係人に影響を及ぼさない場合には該瑕疵は治癒されたものと解しうるか否。即ち、本件においても差押調書の送達前にした公告は一応違法ではあるが、その後の送達によつてその違法が治癒されうるか否につき検討する。

公売手続は公告を前提とし、公売処分を以て完結するもので、両者は独立した手続であつて、両者は関連性を有してはいるが公売を以て公告の瑕疵を補正し、公売の瑕疵を公告を以て補正し得る手続的関連性はない。

元来手続上の瑕疵が治癒せられる場合は極めて軽微な瑕疵のみに限られており、重大明白なものは当然無効である。本件公告は差押発効前に係り、重大明白な瑕疵であるから当然無効である。

況んや前叙の通り公売公告は差押が発効して後に、之を為すべきもので、差押発効前の公告は公売の目的物件が不存在であるから、公告それ自体が当然無効であつて、右の違法は補正も治癒も許されない性質のものである。

又手続法上において瑕疵の治癒が許されるのは、それが任意規定である場合であつて、その手続方式にあつては一旦その違背があつて後の手続が進行した後それを咎めることになると、それまでの手続が無駄になり、却つて秩序と経済が混乱するからその場合に治癒ということが考へられるのである。

然るに公売公告の規定は右のような手続経済のための任意的、便宜的な規定ではない。右公告の方式の誤があつた場合はそれは或程度治癒せられうるであらう。しかし公告自体が滞納処分手続中において、しかも公売期日の十日前までになされることは欠くことが出来ない。

租税滞納処分制度は他の手続立法と同じく、「国民を行政権の専断から保護し且行政そのものの権勢への誘惑と人間の軽卒とから保護する為め」のものである。

即ち行政庁が人の財産を強制的に処分するに当つては先ず、これを差押え、しかる後に公売すべく、公売に当つても少くとも公告後十日の期間をおくことを定めて、行政権の行使を慎重ならしめ、同時に当該私人をしてその間に措置を講じ得る余裕を与へているのである。それは国民の財産権の尊重の問題であり直接に国民の権利を左右する法規なのである。この私人の権利保護の規定の場合においては、それが守られないことはもはや取りかへしがつかないのみならず、私権が不法に侵害される。本件においても公売期日は債務者たる控訴人其の他の利害関係人にとつて重大な問題であり、公売期日一日おくれれば、本件公売を回避し得て、今日の如き、財産的、精神的苦痛に沈吟するを免れたのである。

叙上説示によつて本件公告の瑕疵は治癒されず、結局違法と謂うべきである。

(三)  公売の違法

(1) 本件公売は前記(一)、(二)に叙述した通り瑕疵ある差押並公告を前提とするものであるから本件公売も亦当然違法である。

(2) 本件公売は現実に徴収しうる滞納税額に比し著しく超過せる巨額の財産の差押に基いて行はれ控訴人をして該財産を喪失せしめるものであるから徴税権の濫用となり違法である。

即ち別紙目録記載の物件の価格は前記の通り一千万円を下らない。仮りに公売価格を適正なものとしても金百七十九万円であるのに対し滞納額はその半に満たない金七十万円余であり、更に本件公売に依つて徴収したものは滞納税額中前顕抵当権に対し優先徴収権のある右抵当権設定後一ケ年以内に発生した滞納税金二十二万余円であるから、此の税額については右抵当権とは関係なく、従つて又工場抵当法第三条による抵当権設定の事実に拘束される事なく収税官庁が自由に分割公売を以て徴収出来るものである。これは抵当権に対する優先徴収権の本質上当然の条理である。従つて又かくすることは税務署長の義務でもある。

従来民事裁判例においては斯く徴税額に比し著しく超過する価格ある物件の差押並公売処分を違法として処理されているのである。(大審院昭和六年(オ)第三、七四八号昭和八、一、一四、第二民事部判決)

尤も被控訴人側においては本件公売は一括差押一括公売であると称しているけれども真実は前記叙述の通り本件は分割差押をなした上、公告についても一括公売の表示をせず、結果においても分割公売をしている。随つて右は工場抵当法第七条違反の瑕疵がある。

(3) 本件公売は著しく不当低廉な評価に基き著しく不当低廉な価格で執行された違法がある。

控訴人は本件公売物件の評価は前顕の通り一千万円を下らないと主張するものであるが、別紙評価計算書を以て本件物件の評価に付各評価鑑定証言の結果を綜合し各物件の最低評価の合計において金五百二十八万円乃至金四百九十四万二千円、最高評価の合計は金一千二百三十七万八千百五十円となる事、最高最低の平均評価は金八百七十二万三千円乃至八百六十六万余円となる。本件公売価額金百七十九万円を右評価に比するに約四、九分の一の著しく低廉な価額を以て公売されたものと謂うべきであり、三島税務署長のした評価も右公売価格と同一であるが本件の如く実質上多数の不動産と動産とを以て組成せられている一個の財団の如きは適当な鑑定人により公売価格を評価せしめて之によるべきであるに拘らず、税務署長に於いて独善的に擅に不当に低廉な裁定をした。右は著しく低廉に失し裁量権の範囲を逸脱した違法の所為と謂うべきであるのみならず本件見積には製紙用押付ゴムロール外二十数点の物件の評価が洩れているから完全な見積がなされなかつたことになり之亦重大な瑕疵である。従つて斯る評価額に基き同じく低廉な代金百七十九万円を以てなした本件公売処分は違法に控訴人の財産を侵害したものと認めるべきであるから違法である。

(4) 本件公売処分は一民間銀行支店長小島常一の策謀に基き国家機関たる収税官庁三島税務署長福家五百里、収税官吏横山事務官等が其の地位と職権を濫用して、銀行、税務署、買受人たる参加会社の三者共同謀議により行政処分の形態をかりて為した控訴人の財産に対する不法奪取行為であるからもとより違法である。それは次の諸事情を綜合すれば十分之を認めるに足る。

(a) 参加銀行及参加会社側の事情

(イ) 本件公売物件に対しては前記の通り参加銀行に対し既に昭和二十三年中抵当権設定登記をしていたが新に同二十五年四月右銀行三島支店長小島常一を通じ同銀行本店と協定して当時控訴人の滞納税額金三十万円位並に工場運営資金に融資を受ける目的で極度額百五十万円に付本件公売物件全部につき他の物件と共に順位第二番の根抵当権を設定し同年六月七日に其の登記を為し、其の他の物件に対しては同年六月十二日に登記を完了した。因て同銀行は控訴人に対し極度金百五十万円の融資を為すべき契約上の義務があるに拘らず、何故か右抵当権設定登記以後において、右契約に反し言を左右にして貸出をしないので、控訴人は困却の揚句右銀行に対し貸付をしないのならば他の銀行で融資を受けるから右契約を解除して根抵当権の抹消登記をする様屡々懇請したのに拘らず、之れ亦言を左右にして抹消登記をしない為に、控訴人は他の銀行から融資を受ける事が出来なかつた。

(ロ) のみならず、右支店長は同二十五年十二月十三日に控訴人が右根抵当権設定登記をした為に、他の銀行から融資を受ける事が出来ないのを奇貨として既存の前記抵当債権の元利金合計百五十余万円の弁済を要求し、若し支払が出来なければ本件物件を某買受希望者に売渡してはどうかと勧告したのに対し、控訴人が之を拒否した処、右支店長は控訴人が同人の勧告に従はないのならば、控訴人に滞納税金がある事を理由として税務署に依頼してでも売らせて見せると豪語した。

右支店長がかくも豪語するのは次項(b)において述べる如く同銀行が予め買受人を決定して之に金融することを確約しておき三島税務署長福家五百里及同署係官横山事務官等と気脈を通じ、同銀行と三島税務署とは金力と権力とが結付いて非行を敢えてする程に腐敗堕落していた証左である。依是観之同銀行は本件工場の公売を右税務署長に請託し、右税務署長は右請託を受諾し訴外横山事務官も亦之を知つて右公売に協力し、右小島支店長及落札人たる参加会社に便宜を与へたものと謂うべきである。

(ハ) 控訴人は前記抵当権設定契約に基いて僅かに百三十万円の貸付を受けたのみであるそこで右百三十万円の弁済を受けるについて、右銀行の執るべき方法は

(い)自ら訴訟手続をとつて強制執行によりその満足を受け得る外(ろ)右銀行は控訴人の名において、滞納税金額を右税務署に支払つて、直ちに差押解除を求めうる。右滞納税金額が僅かに金二十二万余円或は二十五万円を出でざるにおいては、金融機関たる右銀行は容易にこの方法をとり得て、本件公売物件を自己において意の侭に処分し得たのである。

上記(い)(ろ)の右銀行が容易になし得べき合法的、合理的方法に出なかつたのは、右銀行が或種の目的のために特に権力者たる右税務署長に請託せざるを得なかつたのであると考へる外はない。

(ニ) 参加会社は本件公売前予め参加銀行から本件公売に要する資金融通の契約をしていたような事実がある。

(b) 三島税務署側の事情

元三島税務署長福家五百里等が右参加銀行の請託を受け参加会社の為めに本件公売物件の不法公売を執行するに当り、職権を濫用し、其の他合法的なものに仮装するため諸種の法規違反を犯している。

(イ) 松山税務署においては公売せんとするときは公売通知を滞納者に通知するのみならず差押の日から公売の日まで通例三十五日から四百七十日(平均三百日位)を存しているに拘らず、同一管内にある三島税務署においてする本件公売においては被控訴人の主張によるも精々十日の期間をおいているに過ぎないのは、手続上の違反であるばかりでなく、事実上の慣習となれる期間を無視して公売を強行したものである。其の他本件公売公告は公告制度を無視する等諸種の瑕疵をもつていること前記の通りであるが、右は同銀行の請託に基いて実施したがためである。

(ロ) 三島税務署長の為した本件公売裁定額及公売価格が著しく不当廉価であることは前記叙述の通りであるが、右は前記福家署長が職権を濫用して憲法第十五条第二項(公務員の準則)に違反し、且之に因つて憲法第二十九条の条規に反し控訴人の本件財産権を侵犯し、参加銀行三島支店長並に買受人たる参加会社をして不法に巨額の利得を為さしめた違法処分である。

(ハ) 前記三島税務署係官横山事務官は本件公売価格の調査に当り公売期日の前日、買受人たる参加会社に到り当時同会社に勤務中なりし訴外岡崎整吾につき公売物件の評価のため二、三の点を調査する際右訴外人が横山事務官に「横山君一本で落ちるか」ときくと、それでは落ちないというので、「それでは二本か」と聞くと、そんなにはせぬという返事であつた、そして横山事務官は目録に基いて土地は坪当り五百円、家屋は事務所の方が坪当り三千円、工場が三百円、高圧釜が幾許、ボイラーが幾許と単価を述べたので、右訴外人としてはそれに基いて計算してみると百七十五万円という数字が出てこれが税務署の敷札(公売見積額)であるという見当がついたというような真実がある。尚本件公売における入札書には、動産についてはその買受合計金額は金六十五万六百円と記入されていたが動産の員数、単価価格は空白で記入されてなかつた。而して動産の員数は百点、種類は五十八種である。右は国税徴収法施行規則第十三条(改正前)及第二十五条の二の趣旨に照して無効である。従つて本件公売も亦無効である。然るに前記横山事務官は右入札の終つた後、同日午後一、二時頃擅に右入札書中、動産の単価及価格の欄を自分で記入したと称するのである。従つて右行為は税務署長の代理及入札者たる参加会社の代理行為を兼ねたものと謂うべきであるから民法第百八条に違反し本件公売処分は無効である。又右は入札書の変造であるからその意味でも入札は無効である。(入札終了後一、二時間を出でない入札書の変造はその効力入札時に遡及する。)

右は同事務官が、予め入札者の依頼を受けていたか或は入札者其の他の者と通謀して、入札者に便宜を供するためか、或は通謀によつて暗黙裡に記入する合意があつたものに他ならない。而も右事務官は見積価格調書に大体一致するようにしたものであるからには、愈々前記通謀がなくては為し得ないところである。

何となれば、動産の公売財産は名称五十八種、動産の性質五十八種、数量百点、単価五十八種等を合計六十五万六百円に合致するように適当評価で算出することは右横山事務官にして到底一、二時間内にはできるものでない。従つて右は見積書を写記したか、少くとも写記したものと看做さるべきものであり、且又入札者に見積価格を漏泄したと等しいもので勿論該入札書並に公売は無効である。否むしろ入札者に予め動産見積価格を漏泄していたのが真相である。

その事は更に一歩を進めて不動産についても見積価格を予め漏泄していなくてはならない筈である。不動産落札価格は金百十三万九百四十円であるから、右価格は本件公売落札金額百七十九万円の約六割にして動産価格金六十五万六百円の約二倍に該り、動産につき見積価格を写記する位ならば、当然不動産見積価格を漏泄するのは理の当然である。

尚被控訴人は敷札(見積価格調書)が紛失したと称して敷札の提出を拒んでいるが、敷札と入札書とは公売記録中に編綴して之を保存せねばならない。(国税徴収法施行規則第二十三条)それは単に公売当時に之を必要とするのみならず、公売記録中に編綴して之を保存せしめる法意である。しかるに入札書は存在するのに、敷札を紛失する筈がない。惟うに被控訴人において敷札が故なくして、短時間の内に紛失したと称して取寄に応じないのは、敷札が一度法廷に現はれるときは、動産の単価、価格が敷札と入札書とにおい符節を合するが如く、一致していることが明かとなる許りでなく、不動産についても同様であることが白日の下に曝され、秘密漏泄の事実が明白となつて、本件公売処分が通謀によること、従つて本件公売処分が直ちに無効と判断されることを虞れるが為に外ならない。これらの事情を考合すれば、結局本件公売処分における見積価格は事前に買受人側に知らされてあつたことは明かである。

(ニ) 本件公売期日における公売方法は競売であるから買受人が唯一人であるか、或は税務署長の評価価格での買受人がなかつたならば、公売を中止して、新期日を指定して公売すべきである公売税務官吏がことここに出でずして、同日他に買受人なき僅か一人の買受人に対して評価額を遥かに下回る金百七十九円で公売したのは、国税徴収法施行規則第二十六条第二十八条違反である。

(ホ) 尚公売公告制度の趣旨は前記叙述の通り公告の初日から十日を経ない限り公売を行つてはならない旨を規定し、此の十日間の公告期間中に滞納者をして納税の最後的な機会を与へて不利益な公売処分から免れしめる為でもある。

従つて控訴人が本件公売開始前午前九時頃訴外大西茂をして代理乃至は立替納入の依頼をし以て金二十二万余円を持参して公売現場である三島税務署に赴き徴収係横山事務官並係官等に面接して右金員を納税として提供する事を申入れた。かかる場合には税務署長は之を拒むことは出来ず、之を受領して公売を中止し、差押を解除すべきことは国税徴収法施行規則第十七条に明定するところである。然るに右税務署長は同条に違反して滞納税額七十余万円全部を持参提供すれば之を受領して公売を停止するが二十二万余円は受取らない。又公売を停止する事も出来ない旨告げて、右金二十二万余円の提供を拒み、公売を強行した。更に此の公売によつて徴収した金額は右納税の為に持参し提供を拒否された金額と同額である金二十二万余円であつたことは争のない事実である。此の事実は右公告に十日の期間を設けて滞納者に任意納税の機会を与えんとする律意に反するのみならず、提供を拒んだ同額の税金を徴収するために公売を強行したものであるから、斯る公売は国税徴収法施行規則第二十六条第二十八条に違反した違法があること勿論である。

又控訴人が同訴外人に右事項を依頼したのは、三島税務署長(福家五百里)と控訴人との間の確約に因るもので、控訴人は右税務署長がのべた金二十二万円を納入すれば、右公売を停止するとの言を確信したからである。従つて右税務署長は右金二十二万円を受領すべき義務があつたのに、約に背いて之を受領せず、却つて金七十万七千余円の納入を要求して、同人をして右公売停止の目的達成を不可能であると信ぜしめて、金二十二万円の納入の機会を与えなかつたのである。

かような事情において右税務署長は受領遅滞の責に任ずべく、右訴外人は右金員を提供したものであつて之に因り、控訴人は右金員納入に因りて、右公売停止の権利を得たのに拘らず、右税務署長が敢て右公売を執行したのは、民法第一条第二条、第四百十三条第四百九十二条第四百九十三条違反に因るものであるから、本件公売は違法である。

又訴外石川千代次が控訴人と共に昭和二十五年十二月十三日前記税務署長を三島税務署に訪れ右訴外人から同署長に対し控訴人所有家屋(本件公売物件と共に公売の対象となつていたものであるが、評価、入札等は全々別々に取扱はれた物件)の売買代金三十六万円を控訴人に代つて支払うから該家屋を差押物件中より解除せられたき旨申出たのに対して、同署長は之を拒絶して、右金員を収納せずして本件公売処分を執行した。右は職権濫用に基く、国税徴収法施行規則第十七条及工場低当法第六条の規定に副はない法規違反である。

(ヘ) 国税徴収法施行規則第二十四条に依れば売却財産の権利移転手続を規定し本件公売物件の引渡については収税官吏は、控訴人に対して一定期限を指定して権利移転手続を為すべき旨を命ずべきであるに拘らず、三島税務署収税官吏はことここに出でなかつたし又本件公売物件動産の権利移転は公売代金納入と引換に之を為し買受人より領収証を徴して之を為すべきであるに拘らず、之を為さず前示横山事務官は公売代金の納入なきことを知悉していながら、擅に引渡指令書と称する文書を作成し、之を買受人に交付して本件公売物件を買受人に引渡して不法に占有せしめるに至つた。随つて右引渡は前記法条違反であり本件物件は未だ落札人たる参加会社に権利移転の効力は生じていない。

(ト) 横山事務官は控訴人の立会なくして擅に本件公売物件の目録を作成したが、右目録には多数の物件が記載洩れになつているに拘らず、右目録を以て本件公売物件全部を公売した。右は明かに同事務官の職権濫用である。

(チ) かくて公売強行の翌日である二十六日控訴人は大阪市から帰宅するや直ちに税務署に赴き前記署長に会見し一括公売の不法と公売価格の不当低廉並唯買受人一人のみの公売参加者によつて入札公売が行はれた不法と、訴外大西茂が二十二万余円を持参して提供したのに拘らず、之を受領する事を拒否して公売を強行し、而も本件公売に依つて徴収した税額は提供した金二十二万余円と同額に過ぎなかつた事の不法を詰問した処、同署長は参加銀行三島支店長小島常一から頼まれて仕方なく一括公売を実施したものであるから悪しからず、諦めてくれんかとの申分があつたのに対し控訴人は斯様な不法公売には絶対に承服することが出来ない旨答えて辞去したような事実がある。

(リ) 当日直ちに控訴人は買受人である参加会社が既に占拠して居る本件工場に行き、社長大西徳次郎取締役大西義縁、藤田取締役、監査役岡崎整吾四名に会見し、本件公売価格金百七十九万円に別に金百万円を附けるから売戻して貰い度い旨懇請した処社長大西徳次郎は本件物件は日本政府から買うたものであるから売り戻すことは出来ない。本件公売価額は表面は百七十九万円であるが、実は三百万円以上出しているから、是非共売戻して欲しいのなら四、五百万円出せば相談してもよいが、此の買受金は大西製紙株式会社々長大西久太郎から出ているから自分の一量見で決める訳にはいかない旨答えて、控訴人の請求を拒絶した事実がある。

(5) 被控訴人の本件公売物件の内前示建物九棟については昭和二十五年七月三十一日及同年十一月二十九日の二回に亘り公売を執行したけれども買受人がないので中止したと主張するので仮りに右公売が行はれたとするならば、該公売は法律上有効であつて、単に買受人がなく、換価処分が出来なかつたに過ぎない。しからば三島税務署長は再公売に付するか或は政府買上するかの二者択一に出ずべきであるが、二回に亘つて買受人がないとすれば、政府買上の挙に出ずべきであつた。

政府買上は「公売処分の弊害を防止し、滞納者の財産を保護すると同時に国庫の損失を少なからしめる措置」である。しからば三島税務署長としては、右の目的に鑑みて、遅滞なく右物件をその見積額を以て買上ぐべきであつたのである。事ここに出なかつたのは控訴人の財産保護に欠くるところがあり、之は憲法第二十九条第一項違反であると同時に国税徴収法第二十四条第二項違反である。

加之、右物件に対する差押通知を抵当権者である参加銀行に対し相当期間内に送達していないから、右は同法施行規則第十二条第一項の趣旨に違反するものである。

三、被控訴人及補助参加人両名の本案の答弁に対し、控訴人主張に反する部分を否認し、特に次の諸点につき之を明かにしたい。

(1)  被控訴人は甲第八号証によれば本件宅地四筆の差押日は昭和二十五年十二月十五日あるも右は十三日の誤記である旨抗争するけれども、之を否認する。

仮りに誤記したとすればこの誤記は当該公務員が国民に対する公僕観念の徹底を欠き執務上の最高の注意を著しく欠如したるに起因するものというの外はない。即ち右は国家公務員法第九十六条及第百一条第一項違反の行為であつて、其の責は税務署側にあり、被控訴人の答弁は理由がない。

(2)  被控訴人は本件公売物件を構成している工場用建物全部及備付機械器具全部に対する差押の点に関する控訴人の主張は時機に遅れた攻撃防禦方法の提出である旨抗弁するけれども、控訴人は一審以来右事実を認めたことはないのであるからこの点の抗弁は理由がない。加之控訴審においては、控訴人の主張は決して時機におくれてはいないし、控訴人には故意又は重大な過失もなく、且又訴訟の完結を遅延せしめるものではないから民事訴訟法第百三十九条第一項に該当しない。仍て該抗弁は理由がない。

(3)  被控訴人は宅地四筆に対する差押調書の謄本の送達日を昭和二十五年十二日十七日と看做すべきであると主張しているけれども、被控訴人援用の地方税法第五十八条第五項は同法第一項又は第三項についてのみ適用せられ、強制執行の如き重要事項に類推適用せられるものではなく、又国税徴収法及工場抵当法にも右法条の類推適用は認めてはいない。従つてこの点に関する被控訴人の主張は理由がない。

(4)  被控訴人は、土地、建物は夫々別個に抵当権の対象となり、別個に差押の目的物となり得るものであるから、本件において土地四筆に対する滞納処分に仮りに違法があつたとしても、附属物件を含む工場建物の公売処分に何等の違法は存しないこと明白である。と抗争するけれども本件公売物件が工場抵当物件であり、右工場建物(附属物件を含む)は宅地四筆と共に工場抵当物件中に含まれている以上分割差押公売は許されないこと前述の通りであるから、その公売は全部無効である。従つて該主張は理由がない。

(5)  被控訴人は本件公売を昭和二十五年十二月二十五日に執行したのは本件工場の機械が老朽しており、又工場建物自体も朽廃しており、加之電気料金も滞納になつていたため電力供給が停止されると工場価格が減少するので、その電力供給の停止前に公売するより外仕方がなかつた旨抗争するけれども本件工場は右公売期日まで電力の供給を受けて稼働していたことは明かであり、又電力料金は電力供給者と電力大口消費者間では電力料金二ケ月の後払が暗黙裡に認められており、之は商慣習となつていたのであるから、控訴人の電力滞納がありとすれば、十二月分僅か金四万六千五百五十七円に過ぎず、之とても電力供給者が敢へて督促せざる金額である。従つて電力供給停止の虞はなく、被控訴人のこの点に関する主張は理由がない。

四、被控訴人及参加銀行の本案前の抗弁は何れも理由がない。

(1)  被控訴人は仮りに本訴判決により右審査請求棄却決定を取消すも法律上何等の利益がない旨(被控訴人の答弁第一の一(1))縷々抗弁する。

被控訴人の抗弁を要約すれば、

(イ) 法定期間経過後になされた控訴人の再調査請求を不適法として却下した三島税務署長の決定は何等の違法の点がなく、この適法な再調査請求却下決定に対する審査請求はその理由がないのであるから、これを棄却した本件審査決定もまた少しも違法がない。従つてこれが取消を求める本訴請求は理由がない。

(ロ) 之に附加して「本訴判決により本件審査決定が取消されたとしても、そうすれば、被控訴人は改めて審査決定をなすべきことになるが、その場合右判決の拘束力は、公売処分が適法であるという理由で、審査請求を棄却することができないというに止り………」、「従つて、仮りに本件公売処分が違法であり、ひいては、これを適法と判断した本件審査決定の附加的理由が間違つていると仮定しても、その瑕疵を理由として本訴判決により右審査決定を取消すことは法律上何等実益のないことであり、このような瑕疵は本件審査決定を違法として取消すべき理由にはならないものと考える」。

と謂うに在るそこでこの点につき順次判断する。

(a) 控訴人は先ず右(イ)における三島税務署長のなした再調査請求却下決定が違法であると解すべきことは後記(3)叙述の通りである。

さて、国税徴収法第三章ノ二においては、国税の賦課徴収に関する処分又は滞納処分について、異議ある者の為めに、再調査請求と審査請求とを認め、調査と審査との二審制度を認めている。そこで再調査請求が提出期間経過後に提出せられたため、同法第三十一条ノ二第五項第一号に該当し、期間経過後の理由によりて、再調査請求却下の決定が為され、右決定が異議者に通知せられ、右異議者が右通知のあつた日から一ケ月以内に国税局長に審査の請求を為したるときは、右国税局長は適法に審査請求ありたるものとして之を受理せねばならないし、右審査請求が再調査の決定に対するものとなるときは、当該再調査の目的となりたる処分に対する審査の請求が併せ為されたものと看做されるから(同法第三十一条ノ三第一項)、右国税局長は右審査請求に対して決定を為さねばならない。(同法第三十一条ノ三第五項)本件審査請求は再調査請求の決定に対するものであるから、本件再調査の目的となつた本件公売処分に対する審査の請求が併せ為されたものと看做されている。従つて被控訴人は同法第三十一条ノ三第五項後段の規定に依り、本件再調査の決定と本件再調査の目的となりたる本件公売処分に対する各審査請求に対して、同条項の第二号第三号に依りて決定を為さねばならない。そこで被控訴人は同項第二号に拠りて甲第一号証(滞納処分審査請求書棄却決定書)に於ける〈2〉〈3〉の理由を附して棄却の決定を為したのである。尤も同時に右甲第一号証の理由〈1〉において三島税務署長のなした再調査請求書却下処分は適法であるとの判断をもしているのであるがその点は違法である。何となれば同項(第五項)の要請あるに拘らず、棄却決定につき理由が附記せられていないからである。

しかるところ、被控訴人は被控訴人が同法第三十一条ノ三第五項に基き同条項第二号によつてする本件審査の請求棄却につき〈2〉〈3〉の理由(即ち本件公売処分が適法である旨の判断)を附記したことを弁解してこの場合再調査の目的となつた公売処分に対する審査の請求は同条第六項により何等の判断を必要とせず法律上当然に棄却されたものとみなされるのであるから、右は蛇足であるとなし、飽迄も再調査第一審主義を貫徹せんとしている。けれども被控訴人の該抗弁は牽強附会の見解であつて、被控訴人が本件審査の請求棄却に附記した理由〈2〉〈3〉は前記法条に従つたもので正当である。

更に被控訴人の同法第三十一条ノ三第六項についての解釈も亦不当である。同条項は再調査請求の却下決定に対し審査の請求があつたときにおける決定手続を規定したものであつて、この場合は第一審段階において、本案の審査に入らずして却下決定がなされたのであるから審査の請求は、再調査の決定の当否と原処分の当否とに付併せ為されたものと看做される。そこで国税庁長官又は国税局長が本案の審査に入つて、その審査の全部につき理由なしと認めて、当該請求を棄却する決定を為したときは併せなされた原処分に対する審査の請求も同時に棄却されたものと看做されるのである。

そこで審査の対象となる事項は再調査決定の当否と再調査請求事項並再調査の目的となれる原処分とである。

本件再調査決定について言へば、本件再調査の請求が期間経過後に為されたるや否や、期間経過後に為されたとすれば、期間経過後に為されたにつき、已むことを得ざる事由に因りたるや否や(本件につき已むを得ざる事由あること前述の通りである)右事由に因りたるときは国税徴収法第三十一条ノ三第二項に因り三島税務署長が法定期間を延長すべきであつたが、之を為さなかつたにつき、過失がなかつたか否や、職権濫用があつたか否や却下の決定が不当でなかつたか否や等及本件再調査の請求趣旨であるところの乙第一号証(異議申立書)記載事項の当否並本件公売処分の当否、即ち本件公売裁定額が適正であつたか否や、公告が法定要件を具備していたか否や、公告と公売との期間が法定期間を守つていたか否や、入札者が一人以上であつたか否や、分割差押に因る公売ではなかつたか否や、公売代金が納入せられているか否や、本件公売が伊予合同銀行(参加銀行)の請託に因つて施行せられたか否や等を審査せねばならない。而して被控訴人は上記各事項を審査して、再調査の決定が正当であり、審査の請求趣旨は理由がないと判断したので、国税徴収法第三十一条ノ三第五項第二号により本件審査の請求を棄却したのである。そこで形式上は特に原処分である本件公売処分に対する審査決定をする必要がないので、同条第六項により、本件公売処分に対する審査の請求も右と同時に棄却せられたものと看做されたのである。然るに被控訴人は審査の対象の内一部である再調査の請求が法定期間経過後の理由により却下せられた点のみを捉へて他を棄捨して、被控訴人の本件審査請求棄却決定につき理由を附記したことを非難して、牽強附会の意見を述べていられるが、叙上説示によつてその理由なきこと明かである。

(b) 次に上記(ロ)についても被控訴人の見解は不当である。

(1)  本件審査決定は前記の通り審査請求を適法なものとして受理し実体審査に這入つた上本件公売処分は適法であるとの理由で審査請求を棄却したのであるから之を前提とする本訴審査決定の取消請求は適法である。本件において本件公売処分が違法であることを理由として本件審査決定が取消されたならば、本件審査請求を棄却せられざる状態になり、本件審査請求は高松国税局長に係属することとなるから、被控訴人は国税徴収法第三十一条ノ三第五項第三号により審査の請求の全部につき理由ありと認めて本件公売処分の全部を取消す決定をしなくてはならない。してみれば、被控訴人の上記「その場合右判決の拘束力は公売処分が適法であるという理由で審査請求を棄却することはできないというに止り云々」との意見は寔に牽強附会の見解であると謂うべきである。仍つて前記(ロ)における爾余の意見も亦理由ないこと明かである。

(2)  被控訴人及補助参加人株式会社伊予銀行は被控訴人は本件公売処分取消請求に於ける当事者適格を欠き本訴は不適法である旨(被控訴人答弁第一、一(2)、補助参加人答弁(二)、)抗弁する。然れ共被控訴人は処分庁であるから、当事者適格を有するものである。即ち控訴人は再調査請求却下決定につき、国税徴収法第三十一条ノ三第一項により法定期間内に被控訴人に対して右却下決定につき審査請求を為し、被控訴人は之に対して同法条第五項第二号により審査請求棄却決定をした。而して右審査請求は同条第一項により再調査の目的となれる本件公売処分についての審査請求をも併せて為されたのであるから、右審査請求棄却決定も亦同法条第六項により本件公売処分に対する審査請求棄却をも併せて為されたものである。しからば被控訴人が本件公売処分の処分庁たることは炳として明かである。よつて控訴人は同法第三十二条ノ四第二項により本件公売処分取消請求の訴を法定期間内に適法に提起したのである。

(3)  被控訴人は本件公売処分取消の訴は適法な再調査、審査の手続を経ていないから不適法であると抗弁(答弁第一、一(3))するけれども理由がない。

抑々不法不当な行政処分に対し其の救済請求権を認め請求に一定の期間を附してある場合に、不法処分の被害者が救済手続を懈怠し、因つて請求期限を経過した場合は之を却下せらるべきことは当然である。本件の場合は救済請求を懈怠して請求期限を経過したものではなく、控訴人の依頼した税務代理士が偶々三島税務署長宛再調査請求書として提出すべきものを誤つて被控訴人宛異議申立書と表示して被控訴人に提出したに過ぎないのであるから、被控訴人は右受理した日時に三島税務署に受理されたものとして同税務署長に移送するのが当然に要求さるべき処置である。行政事件訴訟特例法第七条の被告を誤つた訴の救済に関する規定の精神から類推しても本件再調査請求は法定の期間内に適法に三島税務署長に提出せられたものと看做す事が至当である。被控訴人は一面三島税務署長に対する法定期間後の再調査請求を三島税務署長が却下した事を是認すると同時に自らは三島税務署長に提出すべきものを被控訴人に誤り提出した再調査請求(異議申立書)を法定期間内に三島税務署長に提出したものと認めたればこそ同署長が却下処分に付したものに対する審査請求を適法に提出したものと認めて実体調査、実体審査を行つたものであつて、即ち被控訴人は控訴人が再調査請求権の行使に懈怠がなかつたことを認めて自己の却下権を放棄し事実審理、実体調査を行つて審査請求に応じたのである。随つて本訴提起も亦正当且適法であつて、この点に関する被控訴人の抗弁は不法失当である。元来行政処分に対する不服申立は行政庁の処分に対して行政庁の考慮を促すことを目的としているもので、行政庁は前行政処分に拘束せられることなく、その処分に対して再調査、審査をなすものであり、行政処分の法律上の効力は一般的には確定力なく行政庁は自己の処分を違法と認めたときは再び前処分の内容を審査することは少しも違法ではない。(昭和二十五年(ナ)第一六一号同二六、二、二七最高裁第三小法廷判決参照)このことは国税徴収法第三十一条ノ三も亦認めており、而も控訴人は同法条所定の期間内に被控訴人に対して審査請求書を提出し、被控訴人は之を受理したのであるからこの一事を以てしても被控訴人の再調査請求が期間経過後であることを理由とする却下の抗弁は些かの理由もない。控訴人は再調査請求を法定期間内に提出している。ただ提出先を誤つたに過ぎない。高松国税局と三島税務署は地域も接近しており、而も高松国税局長(被控訴人)は三島税務署長の直近上級監督官庁であり、同一事務系統であるからには、当該公務員にして公僕観念に徹底し執務上最大の注意を払つていたとすれば宛先を誤つたことを直ちに発見し得て再調書請求書(異議申立書)を遅滞なく三島税務署長へ移送することは一投足の労に過ぎない。しかるに之が移送しなかつたのは公務員の執務上の注意義務違反であるからその責は被控訴人にあつて控訴人にはなく、右再調査請求は期間内に適法に提出せられたものと看做される。又民事訴訟法第三十条第三十四条は管轄違の訴に対する移送を認め移送の効果は訴が初めから移送を受けた裁判所に係属したものと看做しているのであるが、国税徴収法第三章の二(再調査、審査及訴訟)においても民事訴訟法上の解釈と同一に解せられるべきである。

本件再調査請求も初めより三島税務署長に提出せられたものと看做すべきであつたのに、之をなさなかつたのは同署長の法規解釈を誤まれる違法がある。仮りに本件再調査請求が期間経過後になされたと解せられるとするも前述のような事情に依るものであるから訴願法第八条第三項の類推適用に依り期間経過の事由には宥恕すべき事情がありと認めて之を受理すべきであり又再調査請求が期間経過後に三島税務署より控訴人に差戻されたのであつて、控訴人が受理されたと信ずるにつき何等の過失がなかつたのであるから、国税徴収法第三十一条の二第二項に於ける「其の他已むことを得ざる事由に因り前項の期間内に同項の再調査の請求を為すこと能はざる者」に該当するのであるから、三島税務署長が右法条を適用することなく、自己の裁量権を濫用して、不法不当に期間経過後なる事由を附して却下したのは国税徴収法の解釈適用を誤つた違法がある。従つて被控訴人が右法条の「其の他已むことを得ざる事由」を逸して為した該抗弁も亦不当である。

又控訴人提出の「異議申立書」はその趣旨が再調査請求にあることは極めて明かであるから、国税徴収法第三十一条の二第四項により相当の期間を定めて補正を為さしむべきに拘らず、ことここに出でずして漫然却下決定したのは法規を不当に適用せざる違法があり他方公務員の執務上の注意義務違反がある。尚国税徴収法第三十一条ノ三第三項は経由すべき行政機関に審査請求書の提出ありたるときは当該請求書は当該各号の国税庁長官又は国税局長に提出ありたるものと看做している。

本条は提出者の利益を虞り提出者の権利を擁護する目的のための規定である。しからば本件再調査請求にも右法条を類推適用すべきに拘らず、三島税務署長がことここに出でずして不当に却下したのは違法である。叙上の理由によつて本訴提起は行政事件訴訟特例法第二条但書に「その他正当な事由があるときに」該当することは明白であるので、もとより適法である。而も被控訴人は審査請求を適法に受理し、実質的再調査をしたのであるから本訴提起は右第二条所定の要件を具備している。

(4)  被控訴人及前記参加銀行は本件公売処分の取消請求は最早訴の利益がなく不適法である旨抗弁するけれども(被控訴人の答弁事実第一の一(4)及補助参加人の答弁事実(二))被控訴人等の主張するところは何等根拠なき理論である。現に行政事件訴訟特例法第六条は明文を以て損害賠償等の関連請求の併合を認めているのである。

第二、予備的請求。

一、請求原因。

(1)  本件公売処分は前記の通り違法な処分であるが、右は三島税務署長の職権濫用に基くものであるから、素より本件公売処分は当然無効である。従つて控訴人は別に本件公売処分の無効確認を求めうること明かである。

(2)  而して行政事件訴訟特例法第二条は権利濫用を無効原因とする本件公売処分については適用がない。即ち上記の無効原因を主張しうる本件公売処分無効確認の訴に対しては、出訴前に訴願を為すを要しないのである。

そこで仮りに、本件公売処分取消の訴における被控訴人の訴願前置の抗弁が認容せられるならば、控訴人は上記第二条の適用を排斥するためここに予備的に本訴公売処分無効確認の訴を提起する。

二、被控訴人及補助参加人株式会社伊予銀行の本案答弁に対する再答弁については前記公売処分取消請求において述べた処と同一であるからこれを援用する。

三、被控訴人及補助参加人株式会社伊予銀行の本案前の抗弁は何れも理由がない。

(1)(イ)  本訴につき被控訴人は当事者適格がある。被控訴人は「………今これを行政処分の無効確認訴訟について考えれば行政処分が当然無効である場合は、何んでも、いつでも、また何人に対しても、その無効を主張することができるのであるから、その有効無効によつて、国なら他の第三者との間で権利関係の存在に争があるなら云々」と述べられている。被控訴人の見解に従えば被控訴人が本件公売処分を適法なりとして、その有効を主張している以上、控訴人から被控訴人に対して本件公売処分の無効確認を訴求することは当然である。而して被控訴人はこの理を認めておりながら、控訴人が国或は第三者との間の権利関係の存在、不存在を無効を以て争はないことを非難せられるのは、論理矛盾並論理の飛躍がある。控訴人は本件公売処分自体の無効確認を訴求しているのであつて、本訴公売物件の所有権確認を訴求しているものではないのである。而も被控訴人は本件公売処分の処分庁に該ることは前顕説示の通りであるから本訴無効確認請求の当事者適格に欠くるところはない。

(ロ)  本訴請求は訴の利益がある。

元来取消或は無効確認の訴は概ね過去の行為の取消或は無効確認を訴求するものにして、行政処分において之を否定する法規法理あるを知らない。控訴人は本件公売処分の無効確認の訴を適法として訴の利益ありと断ずるものである。殊に職権濫用、詐欺或は公文書偽造等によりて形式上公売処分が完了し後日右の事実が明かになつたとき、物件所有者は公売処分完了の故を以て公売処分の無効或は取消を訴求し得られないであろうか、物件所有者は公売処分の取消或は無効確認を求め、公売処分を無効として、原状回復或は損害賠償を訴求し得るのである。現に控訴人は国を被告として損害賠償請求の訴を提起しているのである。

仍てこの点に関する被控訴人等の抗弁は理由がない。

(2)  被控訴人等の本訴は最早訴の利益なしとの抗弁に対する再答弁は前顕公売処分取消請求において述べた処と同趣旨であるからここに之を援用する。

被控訴代理人は答弁として次の通り陳述した。

第一、本件審査請求棄却決定の取消及本件公売処分取消請求に対する答弁

一、本案前の答弁。

控訴人は三島化学工業所の名称の下に、ターフエルトの製造販売を業としていたこと、昭和二十三、四、五年度の物品税、所得税、取引高税等合計金七十万七千余円(基本税額)を滞納したため、昭和二十五年十二月二十五日伊予三島税務署長より別紙目録記載の物件を公売処分に付せられ、補助参加人三島工業株式会社が金百七十九万円で落札したこと、而して控訴人は右公売処分につき同二十六年二月一日前記税務署長に対し再調査の請求をした。而して、同署長は之に対し期間経過により不適法なものとして却下の決定をなしたので、控訴人は適法の期間内なる同年三月四日被控訴人に対し審査請求をしたところ、同年六月二日附を以て之に対し棄却決定がなされ、同月四日該決定は控訴人に送達せられたことは認める。然れ共本訴請求は左の理由に依り何れも不適法であるから却下さるべきものである。

(1)  本件審査請求棄却決定取消の請求は取消の利益がないから不適法である。

控訴人の本訴請求は要するに、昭和二十五年十二月二十五日に執行された公売処分に関する控訴人の審査請求につき、被控訴人が昭和二十六年六月二日附でした棄却決定(以下本件審査決定という)は違法であるから、その取消を求めるというにある。然し、控訴人が右公売処分のあつたことを知つたのは、その当日すなわち昭和二十五年十二月二十五日か、遅くとも翌二十六日であるから、控訴人にして右公売処分に異議があるなら、国税徴収法(以下徴収法という)第三十一条ノ二第一項に従い、遅くも昭和二十六年一月二十六日までに、三島税務署長に対し再調査の請求をしなければならなかつたのである。然るに、控訴人は同年二月一日になつて同署長に再調査の請求をしたのであるから、その請求が不適法であることは明らかであり、それ故同署長は、公売処分の適否について判断することなく、同条第五項第一号に基き、その再調査請求が法定の期間経過後になされたものであるとの理由で同年二月五日附でこれを却下したのである(乙第九号証)。そこで、控訴人はこれを不服として、同法第三十一条ノ三第一項に従い、同年三月四日被控訴人に審査の請求をしたのであるが、前記の如く三島署長のした再調査請求却下の決定は法の規定に従つたもので適法であり、控訴人の審査請求は理由がないから、被控訴人は同条第五項第二号に基き、その請求を棄却したのである(甲第一号証、乙第八号証)。従つて、本件審査決定は少しも違法でない。

尤も当初控訴人主張のように同二十六年一月二十三日に控訴人は被控訴人に宛て異議申立書なるものを提出したが、その内容は単なる陳情的なものに過ぎず、控訴人主張のように伊予三島税務署長に提出すべき再調査請求書を単に宛先を誤つて被控訴人に提出したものとは解し得ない。又被控訴人が之を直ちに控訴人に返送したとしても到底控訴人が更めて期間内に適式の再調査請求書を提出することは不可能な状況にあつたのであるから、被控訴人の取扱の遷延により控訴人が期間を遵守し得なかつたものでもない。

ただ、本件審査決定がその理由中に、公売処分が適法である旨の判断を附加したのは蛇足であつた。いうまでもなく、この場合再調査の目的となつた公売処分に対する審査の請求は、同条第六項により、何等の判断を必要とせず、法律上当然に棄却されたものとみなされるのであるから、右の公売処分の適否についてした判断は本来不必要なものであり、むしろ、なくもがなの余計な判断をしたとの非難を免れないかもしれない。然しながら、本件公売処分が適法であると違法であるとにかゝわらず該処分に対する再調査請求が、前記のように法定期間経過後になされた不適法のものである以上、三島署長が徴収法第三十一条ノ二第五項第一号に従い、その請求を却下した決定は適法であり、従つてこれに対する審査請求はその理由がないものとして棄却を免れないのである。よつて本件審査決定は正しくその理由でもつて、主文(結論)において、控訴人の審査請求を棄却しているものであり、そして、この場合公売処分に対する審査請求は、該処分の適否如何にかかわらず、法律上当然棄却されたものとみなされるのであるから、本件審査決定の理由中でした公売処分が適法であるとの判断が、たとえ余計なものであり更にまたその判断が仮に誤まつているとしても、そのような瑕疵は本件審査決定の主文(結論)に何等の影響を及ぼすものではないのである。

観点をかえていえば、仮に、右審査決定の理由中でした公売処分が適法であるとの判断が誤まつているものとし、その理由で本訴判決により本件審査決定が取消されたとしても、そうすれば、被控訴人は改めて審査決定をなすべきことになるが、その場合、右判決の拘束力は、公売処分が適法であるという理由で審査請求を棄却することはできないというに止まり、法定期間徒過の理由で再調査請求を却下した三島署長の決定は依然適法たるを失わないのであり、従つて、これに対する審査請求はやはりその理由がないのであるから、被控訴人としてもまた、やはりその理由でこれを棄却せざるを得ないのである。すなわちこの場合は、ただ審査決定の理由において、公売処分が適法であるとの判断をしないことになるだけで、公売処分に対する審査請求は、該処分の適否いかんにかゝわらず、前記徴収法第三十一条ノ三第六項により結局において、法律上当然棄却されたものとみなされるのである。従つて、仮に本件公売処分が違法であり、ひいては、これを適法と判断した本件審査決定の附加的理由が間違つていると仮定しても、その瑕疵を理由として本訴判決により右審査決定を取消すことは法律上何等実益のないことであり、このような瑕疵は本件審査決定を違法として取消すべき理由にはならないと考える。

(2)  被控訴人には本件公売処分取消請求の当事者適格はない。控訴人は国税局長たる被控訴人を相手とし、三島税務署長が控訴人の昭和二十三、四、五年度物品税外国税の滞納処分として同二十五年十二月二十五日執行した本件公売処分の取消又は無効確認の判決を求めているけれども、被控訴人は右公売処分の処分庁でもなく、又右公売処分の実質的帰属者(国)自体でもないから、本件公売処分の取消及無効確認の当事者適格を有しない。従つて本件取消請求は不適法である。

(3)  本件公売処分の取消請求は適法な再調査、審査の手続を経ていないから不適法である。

本訴取消請求は本案前の答弁事実(1)において説示した通り適法な再調査、審査の手続を経ていないものであるから不適法として却下さるべきである。尚前記(1)において述べた如く本件審査決定において本件公売処分が適法である旨を附加したのは蛇足であるから、それが本件公売処分の実体につき再調査並審査を経たことにはならない。

(4)  本件公売処分の取消請求は最早訴の利益なく不適法である。控訴人の本訴提起の目的は公売処分の取消又は無効確認判決に基いて、原状回復を求めようとするものではない。何となれば控訴人はさきに国及参加銀行を相手取り本件公売処分の違法を原因として損害賠償並慰藉料請求の給付訴訟を東京地方裁判所に提起し目下同庁に係属審理中である事実、並其の請求原因として主張する理由が本訴において主張するそれと全く同一であることによつて明かである。尤も右給付訴訟において請求している損害は、本件公売実施以後、一定期間公売物件の使用収益上得べかりし利益をもつて、これが算定の基礎にしているので一見物の滅失による損害でないかに見えるけれども、凡そ物の交換価格はその物の使用収益をなしうべき価格に対応し、現在及将来において、その使用収益による利益をうべきことが、その物の現在の価格をなすものであり、この価格を損害としてその賠償を求めている以上、結局控訴人の損害請求は、公売物件の喪失に対するその代償を求めんとするに帰着するから、これが填補賠償を求めるからには、重ねて本件公売処分の無効又は取消を原因として原状回復を請求することは出来ない。即ち右損害賠償請求訴訟が提起された現在においては、本件行政訴訟の如きものは、結局該給付訴訟の手段、若くは準備として争うに過ぎず、損害賠償たる終局の目的のため、先ずこの前提問題につき、個々に無効確認或は取消を争うが如きは、従らに訴訟を累加重畳せしめ、諸種の弊害を惹起するのみであつて、法律上、経済上有害無益であると信ずる。よつて右の給付訴訟が提起された現在、控訴人は本件訴訟につき、その実益を有しないものである。これ即ち控訴人に訴権なしという所以である。

二、本案の答弁

(甲)  公売処分は適法であるから、これに関する審査請求を棄却した本件審査決定は違法でない。従つてこれが取消を求める本訴は理由がない。

前記のように、本件審査決定は、公売処分に対する控訴人の再調査請求を法定期間経過後になされた不適法なものと認め、その理由でこれを却下した三島署長の決定を適法として、これに対する審査請求を棄却したものであり、その結果として、公売処分に関する審査請求は法律上当然に棄却されたものとみなされるわけであるが、右控訴人の再調査請求の適否がいかようにあれ三島署長のした本件公売処分は、後に詳述するとおり適法なのであるから、これに関する審査請求はいずれにせよ結局棄却を免れないのである。従つて、仮に控訴人の再調査請求が適法で、これを却下した三島署長の決定が違法であり、従つてまた、この再調査決定が適法であるとの理由で審査請求を棄却した本件審査決定もその点では違法たるを免れないと仮定しても結果において公売処分に関する審査請求を棄却した本件審査決定は結局において正当であるというべく、右のような理由のあやまりは本件審査決定の実質的の結論に少しも影響を及ぼすものではない、従つてその瑕疵は、未だもつて本件審査決定を取消すべき違法となすには足りないものというべく、これが取消を求める本訴請求はその理由がないものとして棄却さるべきである。

(乙)  本件公売処分は次の理由によつて適法であるから、その取消を求める控訴人の本訴請求は理由がない。

(一) 差押は適法である。

(1) 本件公売処分の目的となつた別紙目録記載の物件が控訴人主張の通り二回に亘り工場抵当法第二条の規定に基き抵当権が設定せられ且その登記を経由していることは認める。

本件公売物件の内宅地四筆に対する差押がなされたのは昭和二十五年十二月十三日であつたことは乙第十一号証差押調書により十分認定出来る。然るに控訴人は甲第十八号証不動産登記嘱託書によれば差押の日が同年同月十五日(登記嘱託の日と同日)と記載されているところより差押期日を十二月十五日であると主張している。しかし右甲第八号証を前記乙第十一号証と対照するときは既に被控訴人主張の如く十二月十五日は十二月十三日の誤記であることは明瞭である。前記誤記に関する税務署員の不注意に対する非難の余地は存するとしても右の誤記により十三日附の差押が十五日に変更される謂はないし、亦右誤記により登記事項に真実と相異する記載がなされていても登記の第三者に対する対抗要件たる性格上よりして当事者たる被控訴人及控訴人の間においては対抗力の問題は生じないので、本件の争点には影響ないものである。而して右登記受付がなされたのは同月二十一日である。

次に前記宅地四筆に対する差押調書謄本交付の時期については同月十六日迄になされたと主張するのであるが、これは差押調書の作成日たる十二月十三日に差押調書謄本を普通郵便をもつて控訴人宛発送したので、その到着日は明らかでないところより一般に郵便の送達に関する経験則より判断して同じ三島町内に送達せられる日数を必要最大限三日として到達日を確定したものである。仮りに然らずとするもかかる場合に類推適用するを相当とする地方税法第五十八条第五項により本件差押調書謄本の送達日を十二月十七日(発送した日から四日を経過した日)とみなすべきものとする。仮に然らずとするも少くとも同月二十日該調書謄本が送達されたとする控訴人の自白を援用する。

(2) 次に本件公売物件を組成している工場用建物全部及備付機械器具全部に対する差押は昭和二十四年十月十五日に実施せられ、その差押調書謄本はその頃控訴人に交付せられたものであつて、この点については第一審以来控訴人側において特に争なく、差押の有効なることを認めていたものであるから、控訴審においてこの点を争つて該差押並公売の違法を主張するのは明かに時機におくれた攻撃防禦方法の提出であるから異議がある。尚前記建物差押の登記は昭和二十四年十月十五日登記嘱託をなし同月二十四日受附第一、五八〇号を以てなされた。亦本件工場建物につき適法な差押がなされている以上該差押の効力は次にのべる如く之に附加或は備附して一体をなせる本件機械器具等にも当然及ぶものと解せられるので、此の物件に対しては特別に差押の手続を必要としない。そこで抵当権の目的となつている工場用土地又は建物に対する差押の附加物備附物に対する効力について考察する。工場抵当法第七条の規定は民事訴訟法、競売法、国税徴収法等差押の規定の存する法令に対する特別規定であるから、抵当権の目的となつている工場用土地又は建物及其の附加物、備附物に対する差押については同法第七条が優先適用せられるのである。

而して本件公売物件については昭和二十三年七月九日受附第一、一八九号に依り同年七月八日附根抵当権設定契約に依り参加銀行のため元本極度額百三十万円に対する根抵当権が設定せられていたので、本件の機械器具は単独にて差押をすることは出来なく、土地又は建物と共に差押をする必要がある。而して本件の機械器具が土地と共に抵当権の目的となつているのか、建物と共に抵当権の目的となつているのか、その区分は必ずしも明確でないけれども、乙第十三号証工場抵当法第三条による目録によると本件の機械器具は建物と共に抵当権の目的となつているものとするのが相当である。(尤も土地に附加して一体を成した物件を除く)従つて本件機械器具は建物と共に差押へるべきであつて、三島税務署長が昭和二十四年十月十五日本件工場用建物と共に同法第三条目録記載の機械器具を差押へたことは適法である。

而して国税徴収法に云う不動産はその差押の対抗要件として登記をなすべき旨を規定しているから、登記制度を採用しているものに限られる筈であるけれども、所謂工場抵当(第二条)は第三条目録の記載(登記)をもつて、土地又は建物登記と一体をなさしめているから、工場用土地又は建物の差押登記は当然第三条目録物件に対しても差押の効力が及んでいる。従つて本件の場合第三条目録に記載してある備付機械器具全部を建物と一体となれる不動産として国税徴収法上取扱うことは何等差支ないのみならず、工場抵当法第七条によりかく取扱はねばならないのである。仍つて本件備付物件に対する差押につき動産としての差押手続をする必要はなく、かくしなかつたとしても何等の違法はない。

而して不動産としての差押は動産と異り搜索の処分は伴はないから、差押のため立会人を必要としない(大正三、七、一三行政裁判)この点に関する控訴人の見解は備付物件が単独にて差押せられうることを前提とするものにして、工場抵当法第七条の趣旨を没却するばかりでなく、同条が差押に関する特別規定であることの意味を誤解しているものかと思料する。(工場抵当法第五条第一項による抵当権の第三取得者に対する追及力は工場抵当制度より生ずる当然の規定である。)尤も同法第五条第二項の存在を考慮して工場抵当物件として機械器具等の動産物件については登記の外移動等を防止するため一般動産差押の場合と同様になるべくその動産を占有してなすか或は封印その他の方法をもつて差押を明示することが爾後の滞納処分手続の円滑な遂行上適当であることは肯首せられるも、かくの如き措置は差押のため必要要件ではない。

尚甲第六号証の二手形割引根抵当権設定約定書中の工場抵当法第三条による目録によると控訴人が昭和二十五年四月二十日参加銀行に対し前記抵当のほか更に第二番の抵当権を設定するに際しては本件機械器具を土地及建物に対する備付物件としているものと認めるを相当とするが、本件機械器具は既に前記の如き建物と共に差押せられているので、宅地四筆に対する差押の効力を理論上(二重差押は出来ないので)本件機械器具(土地の従物及附加物となるものは除く)に及ぼすべきものではない。而して前記第二番抵当が前記の如く土地建物機械器具を不可分一体とする工場抵当であり、爾後土地建物の分割差押が出来ないものであるとしても、右第二番抵当権の設定以前において実施せられた前記の如き機械器具に効力の及ぶ本件建物の差押が違法のものとなる謂はないし、亦既に建物に対して有効な差押のせられている以上、更に宅地の差押時期において建物を重ねて差押登記をする方法もないのである。

ともあれ本件公売実施の当時においては宅地建物及機械器具全部に対する差押は有効に成立しており(登記もあり)一括公売せられているのであるから、控訴人主張の如き差押に関する違法はない。

(3) 次に被控訴人は叙上説示によつて本件宅地四筆と建物九棟(その附属物件たる機械器具を含む)とに対する差押は各別に執行されたけれども全部有効であると主張するのであるが、若し本件において「前記建物の差押(備付機械器具全部に差押の効力が及ぶ)が宅地四筆の差押と分離実施せられたことが違法であり、亦宅地四筆に対する差押、公売手続に瑕疵があるから、当然建物の差押公売手続も無効である」と控訴人が主張せられる趣旨なれば、それは工場抵当法第二条及第七条の法意を誤解しているものであつて、前述の如く工場に属する土地建物は夫々別個に抵当権の対象となり、別個に差押の目的物となり得るものであるから本件において宅地四筆に対する滞納処分に仮りに違法があつたとしても本件工場建物九棟(本件機械器具を含む)の差押公売処分には何等の違法は存在しない。(差押以後の手続につき適法なことは後に詳述する)

(4) 控訴人主張の如く本件建物(機械器具等を含む)に対する昭和二十四年十月十五日附差押が昭和二十三、四年度滞納税額金十六万七千八百八円五十銭(基本税額)徴収のためであり、本件宅地に対する昭和二十五年十二月十三日附差押が、昭和二十三、四、五年度滞納税額七十万七千余円(基本税額)徴収のためであつたことは争はず。昭和二十三、四年度分が二度差押の事由となつていることも明白であるが、控訴人主張の如き二重徴収のためのものでないことは敢へて附言を要せず、昭和二十三、四年度分徴収のため別個の財産に対し順次差押をするも何等違法はない。

(5) 尤も昭和二十四年十月十五日差押執行の差押立会人の署名押印せる文書、差押調書謄本交付に対する立会人の受領書、差押調書謄本を控訴人に送達せる送達証明書並昭和二十五年十二月十三日(或は十五日)差押執行の差押立会人の署名押印せる文書、差押調書謄本交付に対する受領書は何れも作成されていないことは争はない。

(二) 本件公告は適法である。

(1) 本件公売物件たる建物及機械器具等についても前記の通り適法な差押が執行されており、又本件公売物件全部に付有効な差押がなされているのであるから該差押が欠缺し又は無効なることを前提として公告を違法とする控訴人の主張は理由がない。

(2) 本件工場において、控訴人はターフエルトの製造工業を営んでいたので、公告には別紙目録記載の通り表示し殊に動産については本件工場の機械器具をターフエルト加工機一切として表示したもので機械類についても元より塗装器一品種のみを掲げたのではない。

国税徴収法施行規則第十九条は、その第二号において、公売財産の名称、数量、性質等を公告中に表示することを規定しているけれども、本件の如き工場の機械器具が多数あるとき、これを一々明細に掲記することを要求しているとは解し難い。何となれば、公売が動産について競売の方法で行はれる場合は元より、不動産について入札の方法で行われる場合でも、その物を実見せずして公売に参加するような冒険者乃至気まぐれ者は先ずないのであつて、公告の内容としては、買受希望者を募る必要程度の記載があれば、それで足るものと謂うべく、本件の場合、単にターフエルト加工機一切とした記載が不充分であるとは解せられない。

仮りに個々の物件を一々記載しなかつたことが右法条の規定に適合しないとしても、それは極く低度の瑕疵であつて、その公告に基ずく本件公売処分が無効とはならないのはもとより、これを取消すべき程度のものですらない。

(3) 公売に当つて新聞紙上にその公告をすることは国税徴収法の要求するところでないから、新聞公告の翌日公告を実施したとしても違法とはいえない。

(4) 控訴人主張の請求原因第一、(二)、(5)に記載の点は主張自体法律上の理由を具えないものである。

(5) 控訴人の本件宅地四筆につき差押の効力発生前になされた本件公告は公売期日との間に十日の法定期間を存しないことになるから違法であるとの主張は争う。

本件宅地四筆については効力発生要件たる差押調書謄本の送達がなされたのは公売公告の行われた昭和二十五年十二月十四日以後であるから、斯様な公告が違法であることは、一応被控訴人においても之を認めざるを得ない。

然れ共本件公売公告と公売期日との間に適法な十日の期間を存しており、公告の目的たる一般第三者に対する周知方に関する要件は滞納者に対する差押の効力発生の成否に拘らず、充足されているほか、控訴人主張の如き滞納者に対する影響についての考慮は夫々事案の実体に徴し必要性に差異があり(控訴人において予め公売の日時を知悉していたものであり又三島税務署長は公売の期日を通知し従来の控訴人の納税ひきのばし策に対抗して意を決し公売処分に出たものである。)少くとも本件においては公売公告の形式的瑕疵は控訴人の実質的利益に何等不利益を及ぼしておらず、督促、財産差押及公売の三段階を経て完結する滞納処分において公売公告後公売期日迄に差押がその謄本を滞納者に送達されたことによりその効力を生じている本件事案においては右手続上の欠缺は補正され、瑕疵は治癒されたと認めるを相当と思料する。

(三) 公売は適法である。

(1) 控訴人は差押、公告に違法の瑕疵があるから公売も亦当然違法であると主張するけれども前記の通り差押、公告には違法はないからこの点に関する控訴人の主張は理由がない。

又仮りに宅地の公売処分が違法であるとするも少くとも本件建物(機械器具等を含む)の公売は適法である。(前記(一)の(3)参照)

(2) 本件公売物件の価格については次項にのべる如く合計二百八十五万円程度を相当と思料するものであるが、伊予三島税務署長は基本税七十万七千余円の全額徴収のため、本件公売を実施したもので、その結果、抵当債権に優先する一部金二十二万余円の弁済を得たに過ぎず、残余分の徴収については、目下控訴人の別件不動産を差押えているが、本件争訟の解決を見るまで公売を見合せている次第である。

なお本件公売物件は工場抵当法第二条の抵当物件でその機械器具は土地及建物の附属物件となつているから、同法第七条第二項により、これを一括公売すべきものであつて、金二十二万円の強制徴収の方法としても、これを一括公売すべきものである。従つて控訴人のこの点に関する主張は全く採るに足りない。

(3) 公売物件の評価並公売価格は適正である。

国税徴収法上の公売処分における物件の公売価格の決定は公売執行者たる税務署長の自由裁量に属することもとよりであるが、公売価格が著しく低廉に過ぎ裁量権を逸脱した場合は違法であることも亦論をまたないところである。

本件公売物件は工場抵当法第二条第三条の工場抵当物件であつて、その処分も一体として取扱はれるものであるから、これが組成物件を個々に分解して評価し、その合計額を以て抵当物件の価格とすることは元来適当でない。然乍ら税務署長が斯様な抵当物件を公売するに当つて作成する見積価格調書は一般に一応の目安として個々の物件について時価と目さるる価格を定め之を合計したものを以て抵当物件全体の価格とする形式をとつており、入札に際しても右の見積調書に準じて個々の物件の価格を定めることとなつている。

三島税務署長の作成した見積価格及参加人三島工業株式会社の入札価格は大凡次の通りである。

物件名

見積価格

入札価格

備考

土地

一、一九二

七七四、八〇〇

八三四、四〇〇

建物(イ)

九九

二七六、七〇〇

二二四、五〇〇

控訴人が坪当一二、〇〇〇円と主張するもの

建物(ロ)

一六七

二八、二二〇

八〇、五〇〇

同上坪当三、〇〇〇円と主張するもの

機械器具

六四一、五〇〇

六五〇、六〇〇

合計

一、七二一、二二〇

一、七九〇、〇〇〇

然し右はあくまでも便宜に基くもので要は抵当物件全体の価格が問題である。そこでも価格は需要供給の原則により決せられるもの乍ら、一般に公売においては売主たる債務者は自己の意思に反して売買を強制される結果著しく弱者の地位に立ち、それが一般市販の場合に比し少くとも二、三割或は五割以上も下回る価格を以てなされることは公知の事実である。特に本件工場抵当物件の如きは経営について必要とする能力と資力とを兼ね具えた買受人を、限られた場所内、時期内において求めることは著しく困難であるから、その売買は所謂需要独占の傾向を帯びるものであつて、その再生産費(個々の組成物件の再取得価格の合計額―勿論減価を控除したもの―)に依つて価格が定まると謂うことは出来ない。

特に当該工場の経営の目的たる事業の景気が不況の場合において、個々の物件の価格が低落することは勿論であるが、その比率以上に工場全体の価格は低落する。本件における製紙業は本件公売当時著しく停滞の状況に在つたものである。この事は当時本件及其の他の事例により公売或は競売が行はれたこと、昭和二十三年下半期頃から本件公売の行はれた当時まで引続き同業者間に営業の休廃止が行はれていたこと等に徴しても充分推測できるところである。

そこで本件工場の売買価格を算定すると左表の通りである。

区別

数量

鑑定価格

控除価格

差引売買価格

土地

一、一九二

一、一四八、六〇〇

九八、六〇〇

一、〇五〇、〇〇〇

建物四棟

(鑑定済)

一四四

三五八、〇〇〇

二三、〇〇〇

三三五、〇〇〇

建物五棟

(鑑定不能)

一〇六

一六五、〇〇〇

一六五、〇〇〇

機械設備

一式

一、六〇〇、〇〇〇

三〇〇、〇〇〇

一、三〇〇、〇〇〇

三、二七一、六〇〇

四〇〇、〇〇〇

二、八五〇、〇〇〇

而して本件の場合は公売価格は右鑑定価格の約六三%に達するものであつて、これは当時行はれた諸事例の平均率四四、四%を遥かに超えているのである。これは当時行はれた二、三の事例に比して少しも無理のない公売価格であつた。

尚公売物件中の機械器具は評価が極めて困難にして、見解の相違により甚だしき価格差の生ずるものと思料するが、本件の公売が土地建物を一括する公売なる外、本件の機械器具は、公売頭初既に一部不足し且つ使用に堪えなかつたものも多く公売後三年間において逐次新品に取りかえられており現状においては使用中のものはボイラーのみであり、その間使用に堪えたものも総計約百九十三万円余の修繕費を投じ(乙第二十八号証)で漸く運転をしたものであることを併せ考えると、控訴人主張の如き価格は著しく不当高価である。

更に買受人たる参加会社はその当時従来の工場敷地が狭隘であつたので他に適地を物色していた関係上本件公売の入札者となつたものである事より推認すれば右入札者を除き本件工場を買受け事業を営なもうと企図するような者は当時なかつたものと考えられるので本件公売価格が低くならざるを得ない状況にあつたにもかかわらず右買受人は同種の生産業者として本件工場実態を知悉していたので時価を二百五十万円程度と評価していたものと思料せられる。右評価が当時の通常取引における基本価格とすればその約七割に該当する百七十二万円の公売のための三島税務署の見積価格は妥当のものであり見積価格を約七万円超過する入札価格にて本件工場を売却したことは当時の社会経済状態並に本件公売物件の特殊性に鑑み相当であり公売価格が廉価に過ぎたとは思料されない。この点に関する控訴人の主張は理由がない。

(4) 本件公売に於いては控訴人主張の如き三者共同謀議による職権濫用の違法はない。

(a) 参加銀行側の事情

(イ) 前記税務署長たる福家五百里が右参加銀行三島支店長小島常一の請託により本件公売処分を施行した事実はない。

然し本件公売の実施に当り両者間に或種の交渉が行はれたことは事実である。即ち同銀行は当時控訴人との間の当座貸越契約に基ずき控訴人に対し元金百三十万円を貸付けており、これが取立のため本件公売物件の任意競売を申立て度い意向であつたが、これより先同税務署長が昭和二十四年十月十五日、本件公売物件中建物(及び附属機械器具等)を差押えていたので、その手続ができない関係にあり、同銀行としては国税に優先権ある範囲で配当要求するより他ない状態に在つた。

然るに同署長が差押を継続して公売をしないので(事実は前記の通り二回建物のみの公売をしたが買受人なし)同署長に公売の実施方を慫慂したわけである。

斯様な要請を請託と云うのであれば、請託が無かつたとは言へないが、これに基いて行はれた本件の公売を違法であるとは云へない。

(ロ) 控訴人主張の参加銀行が債権百三十万円の弁済を受ける方法として(い)(ろ)の二点をあげているが(い)の方法は昭和二十四年十月十五日国税滞納のため差押が行はれていたため実行不可能である。差押物件については他の債権者は更に差押をなし得ない。(ろ)の方法については滞納税金は当時七十万七千余円であつたから、僅かに二十二万余円を銀行が代納しても差押の解除は出来ない。(国税徴収法施行規則第十七条)のみならず第三者が立替支払つた税額に相当する金員は爾後競売並強制執行手続において優先権としては配当加入が出来ないので、抵当権者は軽卒に代納はしないと思料する。従つてこの点に関する控訴人の主張は理由がない。

(b) 税務署側の事情

(イ) 前記税務署長が僅か十日前の公告期間を以て本件公売を実施したとしても、それは前示(二)(5)において述べたような情況の下になされたものであるから、この点に関する控訴人の主張は理由がない。

(ロ) 本件公売に於ける公売物件の評価並公売価格は前記(3)に述べた通り著しく低廉のものではなく極めて適正である。

又買受人に巨額の利得をなさしめたか否は公売価格が低廉に過ぎたか否かの問題であつてその理由のないことは前記により明かとなつた。又参加銀行支店長に巨額の利得をなさしめたとは如何なる理由によるものか諒解に苦しむものである。

(ハ) 本件公売実施当日の朝、控訴人の代理人大西茂が滞納税金の内金として金二十二万余円を提供した事実はなく、勿論その受領を拒んだことはない。

仮りに二十二万余円の提供があつたとしても、本件公売は滞納税金七十万七千余円の強制徴収のため実施したものであるから、これを中止しなければならぬ筋合のものではない。

(ニ) 本件公売処分について控訴人は三島税務署係官に買受人等との通謀による職権濫用の事実あるかの如く強調するけれどもそれは控訴人側の憶測想像に過ぎなく何等かゝる事実のないことは被控訴人の反証により明瞭なるものと思料する。控訴人側が唯一の証拠とする岡崎証人の証言には作為による矛盾憧着が多く到底措信し得ないものである。即ち通謀に関する重要なる証言として、同証人は本件公売物件の入札価格を当初百三十万円とすることに買受人及び参加銀行の間に話合が出来ていたが公売前日にいたり三島税務署係官より見積価格の百七十五万円であることを洩らされ再度銀行と打合せ買受資金を増額したと称するけれども、本件公売物件より参加銀行が支払を受くべき債権は約百五十万余円である上にこの債権に優先する国税は二十二万円余であることを考えれば百三十万円で公売が実施されれば参加銀行は約四十万円が回収不能になるのである。控訴人主張の如き話合が買受人たる参加会社と参加銀行との間に仮にあつたとすれば参加銀行として自己の債権回収不能なる入札価格を買受人に指示する筈のないことは社会常識上明瞭である。この点のみにても岡崎証人の証言が全般的に真実に合致しないものであることが推認されるのみならず同証人の性格その立場、証人として証言をするに至つた動機、その後の言動等を併せ考慮するとき同証人の証言に何等信憑力のないことは多言を要しない。

(c) 買受人たる参加人三島工業株式会社側の事情

勿論本件公売のための資金借入のために右買受人と参加銀行三島支店との間に交渉のあつたことは当然と思料せられる却つて本件公売前右買受人が参加銀行から特別の融資を得たからこそ当時の製紙業の不振と金融の逼塞と睨み合せて、むしろ高価と言つてよい価格を以て公売が為されたものである。然れ共三島税務署は買受人のために公売に関し何等便宜を供与した事実は認められないので、その理由に基き控訴人が本件公売処分を違法とする主張は当らない。

(四) 行政事件訴訟特例法第十一条の適用

仮りに叙上説示にして理由なく本件公売処分が取消されることがあるとしたらどうなるだらうか。買受人たる参加会社において数百万円の巨費を投じて残渣物を収去し、敷地を地均し建物の移築又は取毀しを行つており、事実上原状に回復することは絶対に不能である。

しかし一旦判決を以て取消された以上坐視することはできないから、被控訴人側と参加会社は、原状回復の方途を講じなければならないが、又々費用を投じて折角新築又は移築した建物を撤去又は修復し、敷地を凹凸化し、残渣物を運び込んで、腐りかかつた工場を再建しなければならないことは無意義であつて国民経済上甚しい損害を及ぼすこととなるものであるが、斯様な場合判決の結果が公共の福祉に適合しないものとして、行政事件訴訟特例法第十一条の適用の余地はないものであらうか。それについては民事訴訟法第六百七十四条の規定が他山の石として参考に供せらるべきものと信ずる。

第二、本件公売処分無効確認請求に対する答弁

一、本案前の答弁

(1)(イ)  本訴につき被控訴人は当事者適格なく

(ロ)  本訴は単に過去の行政処分の無効確認を求めるものであるから不適法である。

即ち広く行政処分の無効確認訴訟といつても、これには二種の形態があると考えられる。その一つは、行政庁を被告とする、いわゆる抗告訴訟としての行政処分無効確認訴訟であり、他は国を被告とする、通常の確認訴訟としてのそれである。

(a) 行政庁を被告とする行政処分無効確認訴訟

元来、行政権の主体としての行政庁が、法に基き、優越的な意思の発動として行う行政処分は、それがたとえ違法であつても当然無効でない限り、権限ある機関によつてその違法が判断され、処分の取消を受けるまでは一応有効なものとして取扱われ処分の相手方のみでなく、すべての官庁及び人民においてその効力を否定することができない(公定性)。それで、違法な行政処分により権利ないしは法律上の利益を侵害された関係人は一定の期間内に、行政争訟をもつて、その取消又は変更を求めることが認められるが、その期間を経過すると、処分の効力が確定して、関係人の側からは、も早これを争うことができなくなる(不可争性)。それは、あたかも、裁判所の裁判が、たとえ違法であつても、法定期間内に控訴又は抗告してその取消を受けない限り、上訴期間の経過により裁判が確定して、も早その効力を争い得なくなるのと同様に考えることができる。いつてみれば、行政庁の処分は丁度裁判所の第一審裁判に相当し、これに不服ある関係人がその取消を求める行政争訟は控訴又は抗告に相当する。これ、違法な行政処分の取消、変更を求める訴(特例法第二条の訴)が抗告訴訟といわれる所以である(美濃部達吉日本行政法上巻七九二頁参照)。

行政処分の右のような特質に即応して、行政事件訴訟特例法(以下、特例法という)は、行政処分の取消又は変更を求める訴(特例法第二条の訴、以下抗告訴訟という)につき、訴願前置や出訴期間の要件を定め、そして、この訴訟の被告は、常に当該処分行政庁たるべきものと定めている。この場合、抗告訴訟の対象たる行政処分は、もちろん、その効果が行政権の主体たる国もしくは地方公共団体(以下単に国についていう)に帰属するものが多いが、また必ずしも、その効果が直接国に帰属するのでないものもあるのである。殊に、いわゆる行政上の始審的争訟である裁決の申請において、当事者間に争いある公法上の法律関係につき行政庁のした裁決に対し、これを不服としてその取消を求める抗告訴訟の如きは、その性質上当事者間の法律関係を争の目的とするものであるにかゝわらず、抗告訴訟の形態をとる限り、その被告は当該裁決をした行政庁たるべきものとされているのである。してみれば、抗告訴訟において、行政庁が被告の地位に立つのは、必ずしも、争いある法律関係の当事者が国であるためではなく、むしろ、刑事訴訟において検察官が原告の地位に立つように、行政法規の正当な適用を求めるため、訴訟手続上当事者の職分を行うものと考えるべく、これを一般の民事訴訟に比較していえば、あたかも、第一審裁判所を被告として上訴するというような主義がとられているものと考えることができる(前出、美濃部上巻九七六頁)。

このように、独立の権利主体でなく、国の機関たるに過ぎない行政庁を被告とすることは、行政処分の特質に基き、その取消、変更を求める抗告訴訟について特に認められた例外的制度であり、訴願前置や出訴期間の要件と密接につながる抗告訴訟特有の制度であるから、法律に別段の定めがある場合の外、その他一般の訴訟にたやすく類推拡張さるべきではないと考える特例法も、その第二条ないし第七条で抗告訴訟に特別の定めをしているが、その他の公法上の権利関係に関する訴訟については右のような特例を定めず、原則として民事訴訟法の定めるところによるとしているのである(特例法第一条)。従つて、今これを行政処分の無効確認訴訟について考えれば、行政処分が当然無効である場合は、何人でも、いつでも、また何人に対してもその無効を主張することができるのであるから、その有効無効によつて、国なり他の第三者との間で権利関係の存否に争いがあるなら、一般の民事訴訟に準じて、国なりその第三者を被告とし、当該処分の無効を前提理由として、争いのある現在の権利関係の存否確認、ないしはその権利に基く給付を請求すべきである。

尤も、違法な行政処分が単に取消しうるに止まるか、それとも当然無効であるか、取消と無効の限界は一般に必ずしも明瞭でないから、たとえ無効な行政処分でも、一たん行政庁によつて形式的に処分がなされ、外観上一応有効な処分としての外形をもつている以上、その無効宣言の意味の取消を求めるため、行政庁に抗告(訴願)しこれが容れられないときは更に裁判所に抗告(訴訟)することは許さるべきであろう。たとえば、違法な行政処分が当然無効と思われる場合、一応その処分の無効を主張して、無効宣言の意味での取消(簡明卒直にいえば無効確認)を求め、併せて、もしそれが単に取消し得るに止まる処分であると認められる場合には、その取消を求めるという趣旨の争訟が許される必要があるし、単に取消し得るに止まる行政処分について抗告争訟が許されるのであるから、無効原因をもつた違法な行政処分についてもこれに準じて抗告争訟を認めて特に不可の理由はないと考える。(判例も、行政処分の無効確認を求める訴は、処分が当然無効でない場合には取消を求めるとの請求をも包含しているものと認むべきであるといつている。松山地裁昭和二四、六、一判決、その他。法務省訟務局編昭和二八年度行政判例総覧三四頁参照)これを特例法の文理に即していえば、同法第二条にいう行政処分の「違法」には、取消原因たる違法のみでなく、無効原因たる違法を含み、その「取消」には無効宣言の意味における取消をも含むものと解する余地があり、さすれば、無効原因たる違法を主張する抗告訴訟における請求の趣旨として、無効宣言の意味での取消を求めるとあるいは端的に処分の無効確認を求めるとは、敢てこれを問わないものと解すべきであろう。

以上の如き意味で、行政庁を被告とする行政処分の無効確認訴訟は当然許さるべきであると考えるが、然し、それはこの訴訟が、名は確認訴訟であつても、実は前述の如く、特例法第二条にいう処分の違法が無効原因たる場合に、無効宣言の意味の取消を求める代りに端的に無効確認を求めるものであり、いいかえれば、その本質において抗告訴訟に準ずるものと考えられるからである。従つて、それは当然特例法第二条ないし第五条の制限に服し、適法の訴願前置を経て、法定の期間内に出訴すべきであり、この要件に従わないときは不適法な訴として却下さるべきである。既に法定の訴願期間ないし出訴期間を経過して行政処分の効力が確定し、たとえそれが違法であつてもも早関係人の側からこれを争う余地がなくなつた後において、いいかえれば、特例法が、特に例外的に、行政庁を被告とする抗告訴訟を認めた法律的基盤が失われた後において、しかも行政庁の訴願裁決を経たわけでもないのに、なお、行政庁を被告とする行政処分の無効確認訴訟を認めるが如きは、その理論上の根拠に乏しいのみでなく、またその実益も存しないと考える。

(b) 国を被告とする行政処分無効確認訴訟

これについては、特例法その他法律に別段の規定がないのであるから、当然民事訴訟法の定めるところによるべきものである(特例法第一条)。

一般に、確認訴訟は現在の権利または法律関係の存否に争いがあり、その存否について判決で即時確定する法律上の利益または必要のあるときに限り許されるのである。過去の売買契約の無効確認訴訟が認められるのも、その履行が未だ完結しておらず、該契約に基く代金支払義務もしくは目的物件引渡義務等の存否について争いがある場合に、この売買契約に基く現在の債権債務関係が存在しないことの確認を求める趣旨において認められるのであり、従つて、厳格にいうならば、売買契約の無効確認というような請求の趣旨は、これを釈明して、その契約に基く現在の権利関係の不存在確認のかたちに訂正すべきものなのである。従つてまた、既に履行の完了した純然たる過去の売買契約、いい換えれば、該契約の無効確認から引直して必然的自動的に確定さるべき現在の権利関係の考えられない過去の売買契約の無効確認を訴求するが如きことは許されないのである。行政処分の無効確認訴訟についても、ほゞこれと同様に理解さるべきである。すなわち、前にも述べたように、行政処分が当然無効であれば、何人でも、いつでも、また何人に対してもこれを主張することができるのであるから、原告はその無効を前提理由として、現在の法律上の権利または地位の存否確認を求めるべきであり、過去の行政処分の無効確認を求めるが如き訴は本来許さるべきではない。ただ当該処分の有効無効の争いから、原告と国のとの間で該処分に基く現在の権利又は地位の存否に争いがあり、該処分の無効が確定されることによつて必然的に争いのある現在の権利または地位の存否が確定さるべき場合に限り、その現在の法律関係を確定する趣旨において、便宜行政処分の無効確認を求める訴が容認される余地があるというにとどまるものと解すべきである。例えば、課税処分(過少申告の場合の更正、無申告の場合の決定)の無効が確定されれば当該処分にかかる税額につき、納税義務が存在せず、滞納処分を受くべき地位にないことが確定されるし、滞納処分の無効が確定されれば、国が現在事実上している差押を解放すべき関係(滞納処分として占有している動産を原告に引渡し、不動産についてしている差押登記を抹消すべき義務、ないしは公売落札人に目的物件の所有権移転手続をしてはならない関係)が確定され、又免職処分の無効が確定されれば、原告が免職前の公務員たる地位にあることが確定され得る。このように、行政処分の無効確認によつて必然的に、原告と国との間で争いのある現在の権利又は地位の存否が確定さるべき関係にある場合に限りこの現在の法律関係の存否確定の趣旨において、行政処分の無効確認訴訟が認められる余地があるというにとどまるのである。そして、もちろんこの場合も、厳格にいえば、行政処分の無効確認というような請求の趣旨は、これを釈明して、前記のような争いのある現在の法律関係の存否確認のかたちに訂正すべきものなのであるから、従つて、仮に右のような釈明を省き、便宜行政処分の無効確認というかたちの請求の趣旨を許容するとしても、その訴の被告が、一般の確認訴訟と同じく独立の権利主体たる国であるべきことはいうまでもないことであると同時に、当該処分の執行が既に完了し、も早その無効が確認されてもそれから必然的に確定さるべき該処分に基く現在の法律関係が考えられない場合には、このような純然たる過去の行政処分の無効確認というような訴は許さるべきでなく、またその実益も存しないものといわねばならない。例えば、課税処分が当然無効の場合でも、既に当該処分にかかる税額の納税を完了してしまつた以上、現在においては原告にその納税義務のないことにつき、原告と国との間で、理由は異るにしても、何等争いがないわけであるから、原告が折角当該課税処分の無効確認判決を得ても、それによつて必然的に、原告と国との間で確定さるべき現在の法律関係は何も考えられないのである。従つて、このような場合においては、原告としてはすべからく国に対し納めた税額の返還とか、損害の賠償を訴求すべきであり、課税処分の無効はその前提理由として主張すれば足りるわけである。また滞納処分が無効の場合でも、既に公売手続まで完結してしまつた以上、原告たる控訴人としては、公売処分の無効を理由として、現在公売物件を占有している落札人等に対し、自己の所有権を主張してその確認なり、物件の引渡を訴求するとか、或いはまた、国に対し、不当利得ないしは損害賠償を訴求する等、現在の権利関係について然るべき適切な訴を提起すべきであつて、純然たる過去の公売処分の無効確認を求めるが如きことは許されないものといわねばならない。

(c) 以上を要約すると、つぎのような結論になる。

(イ) 行政庁を被告とすることは、特例法の規定により、特に抗告訴訟についてのみ認められた特例であり原則として、その他の公法上の権利関係に関する訴訟には許されないところである。然し行政庁を被告とする行政処分無効確認訴訟は、それが特例法第二条ないし第五条の要件に従う限り、名は確認訴訟であつても、その実質において抗告訴訟に準ずるものとしてこれを許容することができる。従つて、それが訴願前置や出訴期間の要件を欠くときは、不適法な訴として却下さるべきである。

(ロ) これに対し、国を被告とする行政処分無効確認訴訟は一般の確認訴訟と同様に考うべきであり、厳格にいえば、過去の行政処分の無効確認というが如き請求の趣旨は許さるべきでないから、これを釈明して国との間における現在の権利関係の存否確認のかたちに訂正せしむべきである。従つてもし右のような現在の権利関係に引直し得ない場合においては、単なる過去の法律関係を確認の対象とする不適法な訴として却下さるべきである。

(2)  本訴無効確認の請求は最早訴の利益がないことは前顕第一の一、(4)に述べた通りであるからここに之を援用する。

二、本案の答弁

本件公売処分無効確認の請求に対する答弁は前顕公売処分取消訴訟の本案答弁事実二の(乙)(一)乃至(三)と同一であるから茲に之を援用する。畢竟本件公売処分は控訴人主張の如き職権濫用による違法の瑕疵はないから控訴人の本件請求は理由なしとして棄却すべきものとする。

補助参加人三島工業株式会社代理人は補助参加人は本件訴の訴訟物たる物件の競買人であるから右訴訟の結果につき利害関係を有するが故に被控訴人を補助するため本件参加の申立に及ぶと述べた。

同株式会社伊予銀行代理人は(一)本件につき被控訴人を補助するため訴訟参加の申立を為しその参加理由として次の通り述べた。

控訴人は前記訴訟に於いて本件公売処分は国家機関たる収税官庁がその地位と職権を濫用し補助参加銀行支店長の策謀に基きこれ等の共同謀議により行政処分の形態をかりてなした財産の不法奪取行為である旨を主張している。然るに控訴人は右訴訟事件の主張事実を基礎として国及補助参加銀行を相手どり右不法行為により控訴人の蒙つた損害金八千三十八万三千五百円の内金二百二十三万二千八百七十五円の賠償請求訴訟を昭和二十八年十二月二十一日東京地方裁判所に提起し現に同庁同年(ワ)第一一、三一〇号事件として係属審理中である。よつて当庁係属の本件控訴事件において、もし被控訴人が敗訴するが如きことあらば、その理由の如何によつては右損害賠償請求事件の勝敗に影響するところ甚大にして結局参加銀行は本訴訟の結果につき法律上利害関係があるから本件参加の申立に及ぶ。

(二) 本案前の答弁として前記被控訴人の答弁事実摘示第一、の一、(2)並第二、一、(1)(当事者適格の点)及第一、の一、(4)並第二、の一、(2)(訴の利益の点)の通り援用する。

(三) 本案の答弁として

一、控訴人において、本件公売処分は収税官庁たる三島税務署、買受人たる参加会社及参加銀行の三者共同謀議により、行政処分の形態をかりてなした財産の不法奪取行為である、として指摘せる事実に対し参加銀行は左の通り答へる。

(1)  参加銀行が本件公売物件に対し控訴人主張の通り二回に亘り抵当権設定契約を締結し、その旨の登記を経由した事実並第二回目の抵当権設定契約に基き、参加銀行より控訴人に対し何等の融資をなさず又これが登記の抹消をしなかつたことは認める。しかし右の抵当権設定契約は控訴人主張の如く新規の貸出を目的として(将来百五十万円の融資を為す権利義務を設定する目的で)結んだ契約ではない。即ち控訴人はその当時参加銀行に対し、前示百三十万円(元利金百五十万円)の抵当債務を負うていた上に、なお控訴人が代表取締役として経営していた、大洲製紙株式会社が参加銀行に対し負担していた約束手形金の債務金二百八十万円につき、控訴人は個人として連帯保証債務を負うていたが、右金百三十万円の支払は勿論、金二百八十万円についても、支払困難に陥り参加銀行としてもこれが回収の見込が立たず困惑の末これが対策として、参加銀行本店は、同銀行三島支店を通じて控訴人に交渉せしめ結局、控訴人の負担していた右全額の債務の内、凡そ抵当物件の価格に見合う金額を金百五十万円と見積り、前示物件に対し、同金額の根抵当権を設定せしめたのであつて、将来百五十万円を極度として新に取引する意図のもとに契約したものではない。さきに増担保に取つたと述べたのはこの意味である。従つて右金百五十万円の根抵当権設定契約につき、参加銀行が控訴人から新な融資を求められたことはなく、又該根抵当権設定登記の抹消手続を要求されたこともない。

(2)  前示金百三十万円の貸金に対する利息が甚だしく延滞し、参加銀行は之が元利金の回収に腐心しており一方控訴人は川島の工場を売つて負債を整理し、又本件工場も売るべく、自身で奔走している様子があつたので参加銀行三島支店長小島常一は日不詳控訴人に対し示談で三島工場(本件工場)を売つてはどうかと話しかけたこと、又当時本件工場は滞納税金のため税務署から差押を受けており、参加銀行において、進んで抵当権の実行をしようとしても裁判所は競売申立を受理しないことが明かなのと、銀行側の手数も省けるという便宜もあつたから、同支店長は三島税務署長を訪ね、貴方で公売処分をするのでないか、公売処分をしてくれれば、銀行側の手数が省けてよい旨程度の話をしたことはあるが、控訴人主張のように、小島支店長が、工場を売つてはどうかと云つたのに対して、控訴人がこれを拒否した事実はなく、又控訴人の困窮に乗じて、右支店長が右勧告に従はないならば、税務署に依頼してでも本件工場を売らせてみせると豪語したような事実はない。

従つて本件公売のあつた翌日、控訴人が税務署長に会見した際署長の言として、小島支店長から頼まれて仕方なく一括公売を実施したものであるから悪しからずあきらめてくれ、などと言つたという事実のあらう道理がない。

(3)  本件工場の公売後、参加銀行と買受人との間に、同工場を担保として、極度額金二百万円の根抵当権を設定し、これに基き銀行が貸出をした事実は相違ないけれども、控訴人主張の如く公売の行はれる以前から予め銀行と買受人との間に融資契約が行はれていた事実はない。

公売後数日を経てから、参加銀行が買受人に対し融資したのは本件工場を担保として提供したほか、確実な個人保証が行はれ絶対の信用が措かれたからであつて、その確実性に基いて銀行が貸出をしたからとて少しも不思議とするに足らない。

以上のような事実であるから、控訴人が結論として述べているように、本件公売に関して参加銀行が予め買受人と結託して同人に巨利を獲さしめるため、控訴人を欺罔し、なお税務署長と謀議画策して、公売処分の発動を促し、三者共謀して公売を不法に強行し、もつて控訴人の財産を不法に侵害したような事実は絶対になく、自己勝手な誇張に過ぎない。

尚本件公売が適法であつて、取消に値しないとするその余の事実並法律上の見解については、悉く被控訴人のそれと同一であるから被控訴人の提出した抗弁全部を援用する。

二、被控訴人主張の行政事件訴訟特例法第十一条による請求棄却の答弁を援用する

と陳述した。

(立証省略)

理由

控訴人は三島化学工業所の名称の下にターフエルトの製造販売を業としていたものなるところ、昭和二十三、四、五年度の物品税、所得税、取引高税等合計金七十万七千余円を滞納したため、昭和二十五年十二月二十五日伊予三島税務署長より別紙目録記載の物件を公売処分に付せられ、補助参加人三島工業株式会社(当時の商号株式会社三島建材工業所)が金百七十九万円で落札したこと、而して控訴人は右公売処分に付同二十六年一月二十三日被控訴人に対し異議申立書と題する書面を提出したこと、其の後控訴人は同年二月一日更めて前記税務署長に対し再調査の請求をしたところ同署長は之に対し右請求を期間経過により不適法なものとして却下の決定を為したので、控訴人は適法の期間内なる同年三月四日被控訴人に対し審査請求をしたところ、同年六月二日之に対し棄却決定がなされ、同月四日該決定は控訴人に送達されたことは当事者間に争がない。

そこで各争点につき順次判断する。

本件審査請求棄却決定の取消請求及本件公売処分の取消請求について。

一、本案前の抗弁について。

(1)  被控訴人の本件審査請求棄却決定の取消請求は取消の利益がないから不適法であるとの抗弁について。

後者(3)において説示するように控訴人のなした本件公売処分に対する再調査請求は適法であり、且本件審査請求棄却決定(以下単に審査決定と称する)はその理由中〈2〉〈3〉の点につき判断を表示したことは蛇足ではなく、控訴人の為した再調査請求却下決定に対する審査請求を適法なものとして受理した上、右審査請求に併せ為されたと看做される本件公売処分に対する審査請求をも適法として実体審査を遂げた結果右〈2〉〈3〉の理由により本件公売処分は適法であるから、右審査請求は理由なしとして之を棄却した趣旨であると解せられる。

してみると、仮りに本判決によつて、再調査請求の目的となつた本件公売処分を適法なりとした判断が誤つていた事を理由として本件審査決定が取消された場合には、審査庁たる高松国税局長は右判決の趣旨に拘束せられる結果、右公売処分の全部又は一部を取消さねばならない場合がありうることは自明の理である。而も本訴において控訴人は右公売処分が違法であるとして之に対する再調査請求却下決定並本件審査決定も亦違法であるとして争つているのである(而も公売処分の違法であること後記説示の通りである)から本件審査決定取消請求は利益なしと謂うことは出来ない。仍てこの点に関する被控訴人の抗弁は理由がない。

(2)  被控訴人及補助参加人株式会社伊予銀行の本件公売処分取消請求につき被控訴人には当事者適格なしとの抗弁について。

控訴人は本件公売処分につき三島税務署長に対し再調査の請求を為し、同署長より、右再調査請求は不適法なものとして却下決定を受けたので、更に被控訴人に対し審査請求を為し、被控訴人は之に対し審査請求棄却決定をしたことは前述の通りである。従つて再調査請求並審査請求は夫々国税徴収法(昭和二十六年三月三十一日以前の事実関係に対しては同年四月一日施行の同年法律第七十八号による改正前法律による。以下同様とする。)第三十一条ノ二、第三十一条ノ三第一項に依り之をなしうるところであり、右審査請求は同法第三十一条ノ三第一項後段により、再調査の目的となれる本件公売処分についての審査請求も併せ為されたものと看做される。而して之に対する被控訴人の為した右審査請求棄却決定は同法条第五項第二号(昭和二十六年四月一日以降の事実に対しては同年法律第七十八号による、以下同様とする)により為されたものである。而も右は後記(3)に述べる通り同法条第六項(第三十一条ノ二第五項第一号)により本件公売処分についての審査請求も棄却せられたものと看做されたものとは解すべきでなく、さきになした再調査請求却下決定に対する審査請求を適法なものとして受理し、実体審査に這入り審理の結果本件公売処分は適法であるとして右公売処分に対する該審査請求を棄却したのである。してみると、被控訴人は本件公売処分の処分庁であると謂うべきである。

尤も処分庁の解釈につき被控訴人主張の如く原処分庁乃至は該処分の実質的帰属者たる行政庁を指称するとの説があるけれども、行政事件訴訟特例法(以下単に特例法と称す)において、特に処分をした行政庁に当事者適格を与へている所以は、訴訟実施の合目的的配慮から、処分に関与した行政庁に訴訟を実施せしめるのが適切であることによるものであるから広義における所謂訴願裁決庁も原処分に関与しているものである以上、これを処分庁と認めることがその目的に適うばかりでなく、原処分を争う国民の側の便宣にも適うのである。従つて処分庁とは原処分庁乃至は処分の実質的帰属者たる行政庁に限定せられることなく、右の所謂裁決庁をも含むものと解するを相当とする。仍てこの点に関する被控訴人等の抗弁は採用し難い。

(3)  被控訴人の本件公売処分取消請求は適法な再調査並審査の手続を経ていないから不適法であるとの抗弁について。

被控訴人は該審査請求棄却決定は前記の如く三島税務署長のした再調査請求却下の決定が適法であり、控訴人の審査請求は理由がないので、国税徴収法第三十一条ノ三第五項第二号に基きその請求を棄却した。随つて本件公売処分取消請求は適法な再調査並審査の手続を経ていない旨抗弁し、控訴人は該審査決定は被控訴人において控訴人の為した審査請求を適法なものと認めて実体調査、実体審査を行い本件公売処分の適否につき判断した上決定したものであるから、本件公売処分取消請求は適法な再調査並審査の手続を経ている旨抗争する。

そこで成立に争のない乙第八号証、同第九号証に弁論の全趣旨を綜合すれば、該審査決定は其の理由の中〈1〉において、さきに控訴人のした再調査請求が期間経過後になされたものであつて、之に対し三島税務署長のなした却下決定は適法であるとして之を是認すると同時に、〈2〉において本件差押財産を一括公売したことは違法でない旨及〈3〉において本件見積価格は税務署長の裁量権を逸脱したものとは認められない旨の判断を下して、結局控訴人の審査請求を棄却したことを認めることができる。被控訴人は右審査決定の主眼は前記〈1〉点にあるのであつて、前記〈2〉〈3〉の点につき判断をしたのは控訴人のした再調査請求を適法なものとして実体審査に這入つてしたものではなく、謂はば蛇足である旨主張し、控訴人は前記の通り先に控訴人は適法の期間内に被控訴人に宛て(尤も宛先を誤つてはいる)異議申立書と題する書面を提出して再調査請求をしていたので、之を適法に三島税務署長に提出したものと認めたればこそ控訴人の審査請求を受理した上、実体審査に這入つたものである旨主張する。そこで当時施行の国税徴収法第三十一条ノ二第五項第一号により再調査の請求が期間経過等を理由として却下され該却下決定に対する審査請求において、単に同法第三十一条ノ三第五項第二号による棄却決定がなされた場合には右審査の請求に併せ為されたと看做される再調査の目的となりたる処分(行政処分等)に対する審査請求も棄却せられたものと看做される(同法条第六項)。此の規定の趣旨は、再調査の決定において、その請求が不適法な為め実体的審理に這入らずして却下された案件について、審査の段階においてもその却下決定が適法なりと判断され、審査請求を全部棄却する場合には、併せて審査請求されたものと看做されたる再調査の目的となりたる処分(行政処分等)に対する実体的審査をなす必要はないもので、唯之に対する審査請求も法律上棄却せられたものと看做されるに止り、それが為めに実体審査を受けたことにはならない。換言すればそのことを理由として適法な再調査並審査手続を経たものとしての出訴の前提要件を備えたことにはならないものと解するを相当とする。何となればかように解しないならば、如何なる行政処分についても再調査の請求さへしておけば、それがたとえ期間経過後のもの、其の他不適法な再調査の請求であつても之に対する決定を経た上、更に之に対し審査請求をなし、よつて以て右再調査の目的となりたる処分についての審査並裁判を受けうる結果となり、所謂訴願前置制度の趣旨に反する結果となるからである。唯かような場合には原則として形式的な事項(再調査又は審査請求の期間が遵守されているか否、その手続、方式に欠缺ありや否並その欠缺の補正を命ずべきであつたか否等)についての再調査又は審査の決定が正当であるか否についてのみ、出訴の目的となし得るものである。而してこの点において失当であれば、審査決定を取消し、再度国税局長の判断を受け、その際更に進んで実体審査に這入るべき場合もあり得る訳である。

本件について之を観るに、前記の如く控訴人は宛先は誤つており、表示は異議申立書と記載してはあつたものの、前記国税徴収法第三十一条ノ二第一項所定の期間内に被控訴人(直近上級監督官庁たること後記の通り)に対して本件公売処分に対する不服の意を表示しているのであり、而も成立に争のない乙第一号証によればその内容は単なる陳情書とは認められず、又高松国税局と伊予三島税務署とは地域も接近し、高松国務局長は三島税務署長の直近上級監督官庁なることは公知の事実であるところより、仮りに該申立書を廻送したとすれば、おそくとも翌二十四日中に三島税務署に到達して、法定期間に欠くるところはなかつたものである。かような場合には本件公売処分に対する再調査の請求は期間内に適法になされたものと看做すを相当とする。然るに被控訴人は期間経過後該異議申立書を控訴人に返戻したため、控訴人は更めて三島税務署長に対し本件再調査の請求書を提出したのである。随つて控訴人のなした本件再調査の請求は適法であり、従つて本件審査請求も亦適法なものと謂うべきである。

之等の事情を考合すれば審査庁たる被控訴人においても、結局本件再調査請求を正当なものと判断し、従つて之を却下した税務署長の決定を不当として―勿論訴願法第八条第三項を適用した意味ではない―実質的には審査請求を受理して実体審査に這入りその結果本件公売処分は適法であるから之に対する審査請求は理由なしとして棄却したものと認めるを相当とする。尤も形式上はその理由中において税務署長のした却下決定は適法であるとの判断を示しているけれども、既に実体審査に這入つている以上この点の瑕疵は敢へて不当というには該らない。結局被控訴人のなした審査決定中前示〈2〉〈3〉点についてした判断は蛇足ではなく、適法に本件審査請求を受理したものと解するを相当とする。

而して、該審査決定は同年六月二日附で為され、同月四日控訴人に送達せられたこと冒頭叙述の通りであり且本訴は前示国税徴収法第三十一条ノ四第二項所定の三ケ月以内たる同年九月三日に提起されたことは一件記録に照して明かである。而して一般論として訴願手続が二審制をとつている場合においても明文のない限り必ずしもその凡ての手続において実体審理を経なければならないものではなく、何れかの審級において実体審理を受けておれば適法な訴願を経たものと解するを相当とする。本件においては審査庁たる被控訴人において実体審理をなしたこと前叙の通りであるから本件公売処分について出訴の要件としての適法な審査手続を経たものと謂うべきである。

仍てこの点に関する被控訴人の抗弁は爾余の点の判断をまつまでもなく到底失当として排斥を免れず。

(4)  被控訴人及前記補助参加人の本件公売処分取消請求は訴の利益なしとの抗弁について。

成立に争のない丙第一号証と弁論の全趣旨によれば、控訴人は国及参加銀行を相手取り東京地方裁判所に対し、本件公売処分が本件において主張するところと同旨の原因によつて違法であることを理由として、損害賠償並慰藉料請求の給付訴訟を提起し、現に同庁において係属審理中であることを認めるに足る。然れ共右訴訟はその前提において本件公売処分の取消乃至は無効確認を主張するものであるけれども、直接該処分の取消或は無効確認の判決を求めているものではなく、右訴訟と本件訴訟とは勿論其の訴訟物を異にするものであるから所謂二重訴訟には該らない。特例法第六条は同法第二条の抗告訴訟において、その請求と関連する原状回復、損害賠償其の他の請求に係る訴を併合提起しうる旨を規定しているところよりみても右抗告訴訟と之と関連のある損害賠償等請求訴訟の両立しうること明かである。随つてこの点に関する被控訴人等の抗弁は採用せず。

二、本案についての判断

本件審査決定は本件公売処分が適法であることを理由として審査請求を棄却したものなることは既に述べた通りであるから、右審査決定の適否は結局右公売処分の適否に係つているものと謂うべきである。そこで先ず本件公売処分が適法であるか否を検討する。

元来滞納処分は租税債権徴収のため滞納者の財産につき差押処分を為し、之を公売する旨の公告を為した上、之を公売処分に付し、その公売金を以て滞納税金の徴収に充てる制度であつて差押、公売の公正を期し、以て徴税の目的を達すると同時に、滞納者の財産権上の利益を擁護することを要請せられている。而して公売処分が適法なるためには公売処分の目的物件に対する適法な差押処分と適法な公売公告の先行せることを要件とする。そこで之等の点につき順次判断をする。

(一)  本件公売処分の目的物件に対する差押について。

(1)  本件公売処分は昭和二十五年十二月十四日別紙目録物件につき公売公告を為した上同月二十五日に執行されたこと及右物件は控訴人経営のターフェルト製造工場を組成せる宅地四筆、建物九棟及其の附属物件たる機械器具全部を含むものである。而して該工場物件については昭和二十三年七月八日控訴人は参加銀行三島支店に対する金百三十万円(公売当時の元利金百五十余万円)の債務のため、工場抵当法第二条による抵当権設定契約(順位第一番)を締結しその旨の登記を経由し、同工場の附属物件たる機械器具については同法第三条による工場抵当物件目録を提出していること及同二十五年四月二十日右物件以外の宅地等と共同担保として手形割引根抵当権(順位第二番)を設定しその旨の登記を経由し前記工場附属物件につき前同様の工場抵当物件目録を提出していることは当事者間に争がない。控訴人は右物件は一個の工場財団を構成して一個の下動産と看做される旨主張するけれども右物件につき同法第八条第九条の手続を経て工場財団の設定されている点については控訴人の立証を以ては之を認めるに足りない。従つて本件宅地建物並機械器具は工場財団として一個の不動産を組成するとなす控訴人の主張は採用せず。そこで工場抵当法第二条第三条により抵当権の設定せられた所謂工場抵当物件(工場財団を組成しない工場抵当)に対する国税滞納処分による差押の方法並効力発生について審究する。

(イ) 工場抵当法第二条によれば工場に属する土地又は建物に抵当権が設定せられたときは右土地又は建物に附加して一体をなす物は勿論それに備付けられた機械器具其の他工場の用に供する物(以下単に附属物件と略称する)に抵当権の効力が及ぶと規定したのは、工場施設の社会経済的効用を全うさせるため右附属物件を土地又は建物と法律的運命を共にせしめ一体として取扱はんとするところにあるも、本条の法意は一般の土地又は建物に対する民法第三百七十条、第八十七条第二項、第二百四十二条等の趣旨と根本的差異はなく、只工場施設たる土地又は建物の特殊性から法律的運命を共にせしめる範囲を備付物にも及ぼさせようとするもので、ただ当事者の意思を尊重して積極的にある抵当権に服さしめない別段の定をした場合に限り、その物件のみを効力の及ぶ範囲から除外せんとしているに過ぎないものであり(而してこの別段の定ある場合は同法第四条により登記申請書に記載すべきものである)それだからといつて、工場土地の上に存する建物並同建物の附属物件をも右土地と一体として抵当権を設定した場合と雖も右土地に対する抵当権の効力が同地上建物並其の附属物件に当然及ぶのではなくして、右は土地(並その附属物件)と建物(並その附属物件)の二個の不動産に対する共同担保権の設定があるに過ぎないと解すべきである。而して、右附属物件については同法第三条による目録を登記所に提出することによつて、前記土地又は建物と共に、第三者に対する対抗要件を具備することとなるに過ぎないことは民法の一般原則と異るところはない。

而して工場抵当法は「登記法」の一であり、同法所定の登記は備付機械器具等の動産其の他附属物件を含めた土地又は建物に関する「不動産」抵当権登記である。

(ロ) 工場に属する土地又は建物とその附属物件とは一体として始めて企業施設としての特殊の価値を発揮するのであつて、さればこそ工場抵当はその工場施設の一体として有する特殊の価値を把握して之を担保化せんとするものである故に、一旦工場施設が抵当権の目的となつた以上は抵当権者保護のために、右の一体として有する価値を保持しなければならないし、又これらの施設が個々的に分離せしめられず、一体として競売されることが、社会経済上も望ましいのである。同法第七条は抵当権の目的たる土地又は建物に対する差押等(差押とは民事訴訟法、競売法、国税徴収法其の他法令により差押の効力を生ずる一切の処分を指す)を不可分とする特別規定(前記差押を規定する各法令に優先する)である。そこで抵当権の目的となつている工場に属する土地又は建物に対する差押は右土地又は建物の附属物件の全部に及ぶものであるから、右附属物件については特に差押を求める必要はなく、右土地又は建物の差押に従つてその効力を生ずる。

更に、工場に属する土地又は建物の附属物件は右の土地又は建物の上に抵当権の効力が及んでいる場合には、これを単独に差押等の目的とすることが出来ず、必ず土地又は建物と一体としてのみ差押等の目的とすべきものとされている。

(ハ) 国税滞納処分手続における差押について考察する。

今之れを一般民事訴訟法上の強制執行(並之に準ずる競売法)における差押と比較して検討するに、前者は国家の租税債権徴収のため確定せる課税処分並督促手続を前提要件として行はれるに対し、後者は債務名義(競売法上は抵当権)に因る基本債権を前提要件として行はれるのであるが、共に義務者の財産を売却処分してその売得金を以て債権の満足を得んがために、その財産の処分禁止の措置をとり他面該財産上の権利者其の他一般第三者に対しては登記又は占有その他の方法を以て右の事実を公示して不測の損害を蒙らしめないよう配慮せられるべきことは勿論、共に国家権力による強制力の発動であるから、もとより厳正公平なる方法により執行されなければならない。

ただ前者と後者とは前記の通りその前提要件において形式上、実質上の差異あるために滞納処分における差押につき特別な考慮を必要とするも、その直接の準拠法たる国税徴収法に規定なき部分は国税徴収の目的を考慮しつつ、前記一般差押理論に拠つて合理的に解釈運用されなければならない。そこで直接本件に関連のある動産(及有価証券)差押については同法第二十二条により原則として収税官吏がその物件を占有することにより之を為すものとし、唯、差押物件が運搬をなすに困難なときは市町村長、滞納者又は第三者をして保管を為さしめることが出来、此の場合においては封印その他の方法を以て差押を明白にすることを要する。

而して同法第二十三条ノ一によれば債権の差押は収税官吏が差押をなした旨を第三債務者に通知して之を為すこととし、同法第二十三条ノ二によれば、債権及所有権以外の財産権の差押は収税官吏がその権利者である滞納者に差押をなした旨を通知して之を為すこととし、該財産権にして其の移転につき登記又は登録を要するものに在りては差押の登記又は登録を関係官庁に嘱託すべきこととし、更に同法第二十三条ノ三によれば不動産(又は船舶)の差押は収税官吏が、差押の登記を所轄登記所に嘱託して之を為すこととしている。而して同法施行規則第十六条には右何れの場合においても収税官吏が差押を為したときは差押の事由(徴収すべき滞納税額の記載をも含むと解する)等所定の事項を記載した差押調書を作成(署名捺印)し、原則としてその謄本を滞納者に交付(送達)すべきことを要請している。この事は一般強制執行の場合において動産執行(執行吏の権限)を除き執行裁判所の為した裁判(差押命令、競売開始決定等)を債務者に送達すべきものとしたのと同一法理に基くものである。而して右の場合差押の効力は右裁判の送達によつて発生し、登記、登録(登録を以て効力要件とする場合を除く)は原則として第三者に対する対抗要件に過ぎないと解せられる。唯競売法における競売開始決定による差押の効力発生時期に関し差押の効力は該競売開始決定が所有者に送達された時に之を生ずると共に、又競売申立の登記をなしたる時にも之を生ずべく、而も重複して之を生ずということの無意味なるは論なきが故に、両者の中早きものに依りて之を生ずと解せざるを得ないこと殆ど多言を要せずとされている。(昭和二、四、二大審院民事三部決定)そこで滞納処分における不動産差押の執行方法について之を観るに、収税官吏その執行につき特に滞納者又は第三者の家屋、倉庫等につき捜索其の他の措置をとる必要があるためその措置をとつた場合(国税徴収法第二十条第二十一条参照)のほかは原則として差押を明瞭ならしめるの行政的措置(不動産差押調書の作成等)を執つた上、外部的には滞納者に対して差押調書謄本の交付(送達)を為し、他面所轄登記所に対して登記嘱託を為すことによつて始めて差押の意思を表示するのである。右収税官吏のなす差押処分も一の行政処分であるから、行政庁の内部における単なる意思決定があつたのみでは未だ行政処分があつたとは云い難く、何等からの方法で行政客体に対し之を表示しなければならない。従つて右調書謄本の交付によつて差押の効力が生ずるものと解するを相当とする。然るに滞納処分においては先に滞納税金につき課税処分並督促手続を経ているとはいへ、果して現実に幾許の滞納税額につき如何なる財産について(この点は強制執行の場合と同様なるも競売法による場合は抵当物件に特定されている)差押をされたかは前記方法によるほか法律上滞納者は之を知るに由ないのであるから徴税の公正を期すべき要請からしても、滞納者にその事実を了知せしめることは滞納処分における必要要件であると解すべく、元来第三者に対する対抗要件たる登記のみによつて差押の効力発生要件を充足するものとは解し難い。

(ニ) 更に工場抵当物件に対する滞納処分による差押ついて考察するに、工場抵当物件は前記の通り工場に属する土地又は建物とその各に対する附属物件とは一個の不動産として土地又は建物に対する差押として不動産強制執行の法理に従い且前記国税徴収法第二十三条ノ三、同法施行規則第十六条に拠つて収税官吏において行政的内部措置として各物件の差押手続を執り調書を作成した上、滞納者に対し該調書謄本を交付し他面、前記登記手続をなすべきであつて、右差押の効力は前示謄本の交付によつて生ずるものと解すべく、同法第二十条第二十一条等に定める特別の措置をとらない以上動産たる右附属物件につき動産差押手続其の他特別な手続をする必要はない。尤も工場に属する土地又は建物の附属物件につき差押執行の確保のため動産執行手続に準じて占有其の他公示方法を施すことはもとより適法妥当の措置である。随つて工場抵当物件たる動産の差押については動産執行手続に拠るべきであるとする控訴人の主張は採用し難い。

(1) そこで本件公売物件中控訴人主張の建物九棟及機械器具等の差押について検討するに被控訴人等は昭和二十四年十月十五日右建物はその附属物件たる右機械器具等全部と共に、その差押を執行し、その差押調書謄本はその頃控訴人に交付せられ、又右差押登記は同月二十四日に経由せられ且二度に亘つて公売処分に附したのであるが買受人なきため中止したのである。この点については控訴人は第一審以来特に争はず、差押の有効なことを認めていたものである。従つて控訴審においてこの点を争つて該差押並公売の違法を主張するのは、時機に遅れた攻撃防禦の方法の提出であるから異議がある旨主張し、控訴人は之を争い、右建物について差押がなされたのは同二十五年十二月二十一日である旨主張する。先ず控訴人は右建物についても第一審以来、特に適法な差押のあることを認めたことはなく、公売物件全部につき一般に差押を争つていることは弁論の全趣旨によつて之を肯認することができるのみならず控訴人の該主張は時期に遅れた不適法な攻撃防禦方法の提出であるとは認められないから、この点に関する被控訴人等の異議は理由がない。

而して、成立に争のない甲第四号証の一乃至四同第七号証の一、二並乙第三十二号証に弁論の全趣旨を綜合すれば右建物九棟全部についての登記簿謄本が甲第七号証の一と同号証の二又は乙第三十二号証の二通り存在すること、而して前者は昭和二十六年九月六日当時のものに係り、後者は同二十七年八月十六日乃至同二十八年六月六日当時のものであること、甲第七号証の一の記載によれば、同登記簿謄本甲区欄壱番には、昭和十七年三月十六日受付第四四二号控訴人名義に所有権保存登記の記載、弐番に昭和弐拾五年拾弐月弐拾壱日受附第参七弐五号同年同月拾五日附差押に依り大蔵省のため国税滞納処分に関する差押を登記する旨の記載の内、右受附日附及同番号を昭和弐拾四年拾月弐拾四日受附第壱五八〇号と訂正した記載あること而して、右訂正部分の記載の外の甲区欄壱番及弐番の記載は甲第七号証の一と同第七号証の二又は乙第三十二号証とは同一であることを認めるに足る。是によつてみれば他に反証のない限りは本件建物九棟に関する登記簿原本の記載は少くとも昭和二十六年九月六日までは甲第七号証の一記載の通りになつていたがその後同二十七年八月十六日までの間において、甲第七号証の二(又は乙第三十二号証)の通りの記載あるものに取替えられたことを認めざるを得ない。してみると右建物九棟の差押登記は登記官吏において右宅地四筆の差押登記の際、即ち昭和二十五年十二月二十一日当時右建物登記嘱託書もその手裡にあつたため両者同一日時、同一要領による差押の登記嘱託であると誤信したか、或は其の他の事情により一旦訂正前の如き記載をなしたが其の後において、前記の通り訂正し更に之を取替えたことを認定せざるを得ない。

即ち右訂正により始めてその時において本件建物九棟については昭和二十四年十月二十四日受附により同年十月十五日国税滞納処分により差押へる旨の登記が経由せられたのである。被控訴人等の立証によるも右認定を覆すには足りない。然れ共右の如く本件建物についての差押登記簿が取替えられたのは控訴人主張の如く、昭和二十五年十二月二十一日に為された右差押を故らに同二十四年十月十五日に為されたものと仮装するためであると認め得る証拠はなく却つて成立に争のない乙第十四号証同第二十五号証、甲第二十六号証、同第九号証及真正に成立したと認むべき乙第二十四号証、同第二十六号証と当審証人福家五百里の証言を綜合すれば昭和二十四年六月十八日、同年八月二十六日同年十月十五日三回に亘り滞納処分として控訴人所有の居宅其の他の動産を差押えたのであるが本件建物については昭和二十四年十月十五日昭和二十三、四年度の所得税、取引高税物品税等滞納額合計十六万六千円余の滞納処分のため差押を為し、その差押調書を作成したこと、並同月二十四日該差押登記嘱託を為したこと(尤も登記簿への登載は前叙の通りその後になされたのである)ことを認めることが出来る。

そこで右差押調書謄本がその頃控訴人に送達されたとの被控訴人等の主張につき検討するに、該差押調書謄本の送達証明書の存在しないことは被控訴人の認めるところであり、当審証人高橋文雄の証言によれば右送達に関する発送簿其の他の物的証拠は現存しないことを認めるに足り、ただ甲第二十六号証及当審証人福家五百里同高橋文雄の各証言中被控訴人等の主張に副う部分あるも、右は前記登記手続における諸事情其の他弁論の全趣旨に対比すればたやすく措信し難く、他に被控訴人の主張事実を確認するに足る証拠はない。

してみると結局本件建物九棟の差押は未だその効力を生じていないものと謂うのほかなく随つて亦同建物の附属物件たる本件機械器具等(本件宅地四筆の附属物件を除く)に対する差押の効力も同様であると解せざるを得ない。

(2)  次に被控訴人等は本件公売物件中右工場敷地たる宅地四筆については昭和二十五年十二月十三日差押を為し同日差押調書謄本を控訴人に発送したから遅くとも同月十六日か同月十七日に送達されたものであり又同月十三日差押登記嘱託をし同月二十一日登記受付がなされたのであるから少くとも右十六日か十七日には差押の効力を生じた旨主張し、控訴人は差押登記の嘱託がなされたのは同月十五日であり差押登記を経由したのは同月二十一日であり、又差押調書謄本の送達されたのは同月二十日であるから差押の効力の生じたのは早くとも同月十五日か又は同月二十日である旨抗争するにつき検討するに、成立に争のない乙第十一号証によれば三島税務署長が右宅地四筆につき差押をなしたのは昭和二十五年十二月十三日であることを認めることが出来るけれども右同日当該差押調書謄本を控訴人に宛て発送したことを認めるに足る証拠はなく、成立に争のない甲第五号証と弁論の全趣旨によれば右送達日は同年十二月二十日であることを認めるに足る。又他方右差押登記を経由したのは同月二十一日であることは当事者間に争がないから、結局右差押の効力を生じたのは同月二十日であると謂うべきである。而して右宅地差押の効力は本件機械器具の内前記建物九棟の附属物件を除くその余の部分にも及ぶものと解すべきこと前記叙述に照して明かである。

(二)  本件公売公告並公売について。

(1)  控訴人は本件公売公告には一括公売の表示なく又、その公告の記載は国税徴収法施行規則第十九条に違反する旨主張し被控訴人等は之を争う。

本件公売公告について公売物件が別紙物件目録記載の通り表示せられたことは当事者間に争がない。そこで成立に争ない乙第十六号証の記載によれば前記宅地四筆及建物九棟のほか機械器具ターフエルト製造加工機一切を一括公売に付する旨の記載あることは認められるけれども、右宅地及建物の一筆毎の表示及機械器具の明細についての表示を欠いていることは明かである。而して、本件工場において、控訴人はターフエルトの製造工業を営んでいたものであり、且右工場敷地たる右宅地四筆及同地上工場建物たる右建物九棟と共に、その機械器具として、右の通り列記して表示している事実を考合すれば、右公売公告の趣旨は右工場の全敷地、全建物並同工場附属の機械器具一式を公売する趣旨であると解し得られないでもない。従つて、右表示が機械器具の内塗装機のみを表示して、其の余の大部分の機械器具類を脱落したものとは認められないけれども本件公売に係る機械器具は多種、多数の物件を含んでいることは被控訴人等の明かに争はないところであるから本件工場抵当物件の公売公告においては少くとも土地建物の種類、構造、坪数を表示せねばならぬと同時に工場抵当法第三条により提出された物件目録程度の明細を表示する要あるものと云うを相当とする。してみれば右公告の表示は当時施行の国税徴収法施行規則第十九条に違反し瑕疵ある公告と謂うのほかはない。

(2)  控訴人は滞納処分手続においては差押、公告の日から公売期日までの間には少くとも十日の法定期間を存すべきであるところ、本件宅地四筆についてはその差押の効力発生日(昭和二十五年十二月二十日)から公売期日までの間に右法定期間をおいていないから右公告は違法にして、公売も亦違法である旨主張し被控訴人等は右公告の瑕疵は一応之を認めるけれども、右公告と公売期日との間には法定の十日の期間を存しており、公告の目的たる一般第三者に対する周知方に関する要件は滞納者に対する差押の効力発生の成否に拘らず充足されているほか、滞納者に対する影響については、三島税務署長の通知により控訴人は予め公売期日を知悉していたのであるから、之れが為に、控訴人の実質的利益に何等不利益を及ぼしておらず、且結局公売期日迄に右差押調書謄本が送達されたのであるから之によつてその効力を生じている本件においては前示手続上の瑕疵は治癒されたものと謂うべきであると抗争する。

滞納処分手続における要件は前叙の通り

第一、滞納者の財産に対する差押処分を為した上(国税徴収法第十条)第二、該財産を公売処分に付する(同法第二十四条)にあり、右公売処分をなすには同法施行規則第十九条、第二十二条、第三十一条に則り少くとも右公売期日前十日の法定期間をおいて公告すべきことを要請せられている。公告は公売の内容要領を一般に告知する行為であるから勿論その表示する公売物件については差押あることを前提とする。唯前記十日の法定期間との関連において公告前既に差押がなされ而もその効力の発生していることを要するか、或は公売期日より十日の法定期間以前に差押の効力が生じておれば足るか若くは公売処分前までに差押が効力を生じておれば足るかは解釈の余地あるところである。そこで滞納処分制度の趣旨目的は、租税の滞納ある場合に、国家の租税債権徴収の目的を以て滞納者に対する督促、財産の差押及公売の三段階を経て完結し、以て徴税の目的を達成すると共に、滞納者の財産上の利益を擁護すべき事が要請せられている。その二つの要請の内主として前者の要請を達するため先ず督促をなし、次で差押処分によつて財産の散逸を防止せんとするのであるが、その際においても一方滞納者保護の趣旨において、差押調書謄本を滞納者に交付(又は送達)して差押の一切の事実を知らしめることを要し(国税徴収法施行規則第十六条参照)又対第三者保護の立場からは質権又は抵当権者には差押の事実其の他必要な事項を通知し(同規則第十二条)、其の他の一般第三者に対する関係においては動産については収税官吏において該動産の占有を為すか又は其の他の方法で差押の事実を明示し、不動産については登記を経由して差押公売の為め不測の損害を蒙らしめないよう規定せられていること前叙の通りである。

他面主として、後者の要請を達するため公告制度を採用した。即ち一定の場所に一定期間公売の内容要領を公告して可成的多数の買受人を公募し、所定の公売方法(公売は入札又は競売の方法による)と相まつて公正な価額で差押財産を売却せんとするものである。而して公売と公告の期間として十日の法定期間を規定している。右十日の期間が民事訴訟法上の強制執行手続における動産についての七日、不動産についての十四日の法定期間と比較して適当であるか否かは、にわかに決し難いところであるが、滞納者保護に重点をおけば少しでも長い方が優つており、徴税の点に重きをおけば短い方が都合がよいことになる。そこで右十日の期間は滞納者のために最後の納税の機会を与える趣旨をも含んでいるか否を考察するに、滞納者に対しては既に督促の手続を経ているものであり、且差押を執行したときは差押調書謄本の交付其の他の方法によつて、差押の事実を通知すべきものとされているのである。然れ共前にも一言した如く滞納処分手続においては何時如何なる財産につき公売されるかは前記方法による通知(不動産差押については差押調書謄本の交付による)によつて始めて滞納者は之を知りうるのであり、而もその効力は強制執行における競売と同様最終的に財産権喪失の効果を帰せられるものであるから、滞納者に公売期日を知らしめることによつてこの最後の十日間に、納税の機会を与え、幸にして完納することが出来れば、国家は直ちにその目的を達成した上、爾後の手続を省略しうることになり、滞納者は財産権の喪失から免れて再び生業継続の機会を与えられることになる。而も既に任意履行を期待することが出来なくなつたため、最後的に国家権力による強制力を発動するのであるから、その手続には自ら一定の要式を備えて截然たる段階を画するを相当とするところ、公売期日については別に滞納者に対する通知を要しないと解せられている。それは差押調書謄本の交付によつて予め公売に付することを予告されているからであつて、右の意味における予告もなく、唯一般的な公売公告がなされたに過ぎない場合に、滞納者に対しては公売期日を十日前に予知せしめることなく公売を執行することは滞納者の保護に欠くるところがある。かような意味においてこの期間を滞納者のため最後の納税の機会を与へる趣旨をも包含するものと解しても、国家の徴税権行使につき些の支障ともならないと考えられる。

随つて元来公告に先行すべき差押手続がその効力を生じた期日から右公告の期間を算定すべきものと解するを相当とする。本件について之を観れば本件宅地、建物及機械器具の公売公告の内、建物及機械器具(但し右宅地の附属物件を除く)差押の効力は未だ生じていないこと前叙の通りであり、又右宅地(並其の附属物件を含む)差押の効力が生じたのは同年十二月二十日であつて、公売期日たる同月二十五日までの間には法定の十日の期間を存しないこと明かであるのみならず本件公売は被控訴人主張の如き本件工場に対する送電割当停止等の事情を勘案するも、それがために著しく該工場の価格を減損するものとは認められない(国税徴収法施行規則第二十二条但書参照)から適法な公告と公売との間に存すべき十日の期間を短縮すべき事由ともならない。結局右公告を前提とする本件公売は全部違法性を具有するに至るものと謂うのほかはない。随つてこの点に関する被控訴人等の抗弁は採用し難い。

(3)  本件公売物件中建物九棟並其の附属物件に対する差押の効力が生じていないこと前叙の通りであるから、右建物及機械器具の公売は違法であると謂うべきである。のみならず成立に争のない甲第二十五号証の一と当審証人藤田大造(第二回)、同福家五百里、同横山知通(第一回)の各証言に弁論の全趣旨を綜合すれば本件公売物件の見積価格は一体として、金百七十二万円と決定され、右物件は一括して金百七十九万円で公売されたこと、而も本件建物及機械器具の価格は全体の約四割に該ることを認めるに足り、之を動かすに足る資料はない。随つて右建物機械器具に関する違法は本件公売全体の違法を来すものと謂うべきである。

(4)  結論

要之本件公売処分は叙上説示のように、その内建物及機械器具の差押の点、公売公告における公売物件の公示方法並公告期間の点において既に重大な違法性を具有するものと謂うべきであるから、爾余の点に判断を進めるまでもなく本件公売処分は全部違法なものとして之れが取消を免れず、従つて亦本件審査決定も同様とする。

(三)  被控訴人等の行政事件訴訟特例法第十一条に関する答弁。

叙上認定事実に弁論の全趣旨を綜合すれば参加会社は本件工場用宅地建物等を買受け後、直ちに相当多額の費用を投じて、荒廃せる工場、設備を復旧改修して、その生産に従事していることを認めるに足り、今公売処分の取消により相当の損害を蒙ることは之を推認しうるに難からず、然れ共正当な事由のある限りその損害は填補されなければならないことである。又これが為に抵当権者たる参加銀行に対し或は損害を及ぼし、又徴税事務につき或は支障を来す虞がないでもない。然乍ら之が為其の他該判決執行の結果が必ずしも公共の福祉に適合しないとは謂えない。

仍てこの点に関する被控訴人等の主張は採用し難い。

仍て控訴人の本訴審査決定の取消及本件公売処分の取消請求は正当として何れも之を認容すべきものとする。これと反対に出た原判決は失当であるから本件控訴は理由あり

仍て原判決を取消し、本訴審査決定及本件公売処分を取消すべきものとし、民事訴訟法第三百八十六条第八十九条第九十六条を適用して主文のように判決する。

(裁判官 石丸友二郎 浮田茂男 橘盛行)

(別紙省略)

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